従業員が退職する際に支給する退職金。退職金にはさまざまな種類の制度があり、それぞれの仕組みや計算方法が異なります。
本記事では、退職金制度の種類や退職金の計算方法、退職金を支給する際に企業が源泉徴収する所得税や住民税の計算方法のほか、中小企業の退職金の相場などを解説します。退職金の支給を行う労務担当者は、ぜひ参考にしてください。
目次
退職金とは従業員の退職時に雇用主が支払う金銭のこと
退職金とは、従業員の退職時に雇用主が支払う金銭のことで、通常の給与や賞与とは別に支給されます。退職金を支給する制度のことを一般的に退職金制度といい、本制度を設けるかどうかは企業の自由です。退職金制度を設けることは法的な義務ではありませんので、退職金制度がなければ退職金を支給する必要はありません。一方、就業規則などに退職金制度の規程があれば、その定めに記載のとおり支給しなければなりません。
退職金は受け取り方によって、退職時に全額を一括で受け取る「退職一時金」、年金のように定額を定期的に受け取る「企業年金」、そして「退職一時金と企業年金の併用」の3つに分けられます。退職一時金をベースにしている企業が大半ですが、企業年金での受け取りを選択できることもあります。退職金の受け取り方によって税金などが変わるため、退職金の受け取り方を選択できる企業の場合は、双方のメリット・デメリットを従業員に説明できるようにしておく必要があるでしょう。
退職金制度の種類
退職金制度にはさまざまな種類があります。企業が独自に支給を行うほか、確定拠出年金や退職金共済といった制度を利用して退職金を用意することも少なくありません。ここでは、4つの退職金制度についてご紹介します。
退職一時金制度
退職一時金制度は、企業が独自に積み立てた額を従業員の退職時に全額支給する制度です。一般的に「退職金」といったときにイメージされるのは、この退職一時金が多いでしょう。
支給額や時期などは企業の規程で定められています。
退職金共済制度
退職金共済制度は、自社で退職金を用意するのが難しい中小企業のための退職金制度のこと。自社で退職金を管理するのではなく、外部機関で積み立てる仕組みです。外部機関として一般的なのが独立行政法人勤労者退職金共済機構で、「中退共(中小企業退職金共済)」と呼ばれています。
中退共を利用する場合、企業は中退共と退職金共済契約を締結して毎月掛金を納めます。従業員が退職した際は、中退共から従業員に対して直接退職金が支払われるため手間がかかりません。掛金額や対象者は、企業が任意に選択可能です。
確定給付企業年金制度
確定給付企業金制度は、企業と従業員が締結した事前の契約にもとづいて、企業が責任を持って運用を行う年金制度です。「DB」と呼ばれることもあります。
確定給付企業年金制度では給付金額があらかじめ決まっているため、運用で損失が出た場合は、企業が補填しなければなりません。
企業型確定拠出年金制度
企業型確定拠出年金制度は、企業が拠出金を負担し従業員が掛金を自分で運用し、その運用成果によって給付額が決まる仕組みです。「企業型DC」とも呼ばれます。掛金の額は企業が独自に設定でき、運用結果が掛金を割り込んでも企業が負担する必要はありません。
なお、企業型確定拠出年金の受け取りは、原則60歳以降です。そのため、中途退職者に対しては、企業型確定拠出年金制度の手続きに関する情報提供を行う必要があります。従業員の転職先に企業型確定拠出年金制度がある場合は、転職先の制度に新たに加入することになり、そのための移換手続きを行います。一方、転職先に企業型確定拠出年金制度がない場合は、個人型確定拠出年金(iDeCo)への移換を行うことになります。
退職金の計算方法
退職金の計算方法は、制度の種類によって異なります。ここでは、それぞれ何をもとに計算するのかについて解説します。
退職一時金制度
企業が独自に給付する退職一時金は、企業の退職金規程にもとづいて計算します。計算方法はさまざまですが、一例として下記のような計算方法があります。
・定額制
定額制は、勤続年数に応じてあらかじめ支給額を決定する方法です。従業員の成果や賃金にかかわらず、勤続年数が同じなら支給額も同額になります。
・基本給連動型
基本給連動型は、勤続年数と退職時の基本給をもとに退職金を計算する方法です。基本給に勤続年数に応じた支給係数を掛けて計算します。自己都合退職者については、支給割合を下げるケースもあります。
・ポイント制
ポイント制は、基本給、勤続年数、役職、退職理由といった退職金の額を左右する要件をポイントに換算し、退職時の累計ポイント数に応じて退職金を支払う方法です。近年、勤続年数だけに左右されない退職金の計算方法として、導入する企業が増加傾向にあります。
・別テーブル制
別テーブル制は、勤続年数に応じた基準額と役職係数、退職理由などを定めたテーブル(表)を作成し、それに応じて退職金を計算する方法です。基本給とは関係なく、勤続年数や役職に応じて退職金が決まります。
退職金共済制度
退職金共済制度の退職金は、基本的に掛金月額と納付月数をベースに計算します。
中退共の場合、退職金は掛金月額と納付月数によって計算した基本退職金に、運用収入の状況などに応じて定められる付加退職金を加えた合計額です。ただし、掛金納付月数が42月以下で退職した場合は、付加退職金はつきません。
確定給付企業年金制度
確定給付企業年金制度の給付額は、基本的に掛金月額と納付月数、利回りに応じて決定します。掛金額や納付条件は企業が決めますが、利回りはあらかじめ定められているので、運用状況によって従業員に支給される金額が変動することはありません。運用がうまくいかなかった場合の不足分は企業が負担します。
企業型確定拠出年金制度
企業型確定拠出年金制度の給付額は、従業員の運用結果に応じて決まります。従業員は、定期預金や保険、投資信託などの金融商品から自由に選択し、投資配分を決めて運用します。掛金は企業が負担しますが、運用結果は従業員の自己責任です。
なお、運用商品の中には、投資信託のように売却するタイミングによって損益が変動するものもあります。企業型確定拠出年金を一時金で退職時に受け取りたい場合、退職が近づいたら、損失を最小限に抑えるための出口戦略について検討する必要があるでしょう。
退職金にかかる税の計算方法
退職金には、所得税や住民税が課されます。通常、これらの税金は企業が源泉徴収をして、退職金を支給した月の翌月10日までに納めます。
ここでは、退職金にかかる税金の種類ごとにその計算方法をご紹介しましょう。
退職金から徴収する所得税の計算方法
退職金は、数ある所得の種類の中で「退職所得」に該当し、通常の給与などと切り離して所得税額を計算します。退職金の所得税の計算方法は、受け取る従業員が「退職所得の受給に関する申告書」を勤務先に提出しているかどうかによって変わります。この申告書を提出していれば、退職金から源泉徴収される所得税額が低くなり、確定申告も不要になるのです。したがって、退職金が支払われる退職者には、退職金の支給日までに申告書を提出するよう求めましょう。
所得税の計算方法は下記のとおりです。
・退職所得の受給に関する申告書を提出した従業員
退職所得の受給に関する申告書を提出した従業員は、退職所得控除を受けることができます。
計算の手順はまず、課税される退職所得金額を導き出します。
<課税退職所得金額の計算式>
課税退職所得金額=(退職金額-退職所得控除額)÷2
<退職所得控除額>
勤続年数20年以下:40万円×勤続年数
勤続年数20年超:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
勤続期間に1年に満たない端数があるときは、繰り上げて計算します。
例えば、入社から退社までの勤続期間が40年と3日の従業員の場合、勤続年数は41年となり、退職所得控除額は「800万円+70万円×(41年-20年)=2,270万円」となります。
この従業員の退職金額が2,800万円だった場合の課税退職所得金額を計算してみましょう。
2,800万円から2,270万円を差し引くと、530万円。これを2で割った265万円が課税される金額です。
次に、退職金の所得税額を計算します。
<退職金から徴収する所得税額の計算式>
退職金から徴収する所得税額=課税退職所得金額×所得税率-控除額
課税退職所得金額 | 税率 | 控除額 |
---|---|---|
1,000円から194万9,000円まで | 5% | 0円 |
195万円から329万9,000円まで | 10% | 9万7,500円 |
330万円から694万9,000円まで | 20% | 42万7,500円 |
695万円から899万9,000円まで | 23% | 63万6,000円 |
900万円から1,799万9,000円まで | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円から3,999万9,000円まで | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円以上 | 45% | 479万6,000円 |
出典:国税庁「退職金と税」
課税退職所得金額に応じた税率と控除額を上記の表で確認し、計算式にあてはめます。
先程の例でいうと、「265万円×10%-9万7,500円=16万7,500円」となり、この金額が所得税額となります。
最後に、復興特別所得税を計算して、所得税額と復興特別所得税を足せば源泉徴収税額がわかります。
<退職金から徴収する復興特別所得税額の計算式>
退職金から徴収する復興特別所得税額=所得税額×2.1%
先程の例で復興特別所得税額を計算すると、16万7,500円×2.1%=3,517円(端数切り捨て)。
つまり、源泉徴収税額は、16万7,500円+3,517円=17万1,017円となります。
・退職所得の受給に関する申告書を提出していない従業員
退職所得の受給に関する申告書を提出していない従業員の場合、退職所得控除が適用されず、退職金の金額につき、一律で20.42%の税率で源泉徴収することになります。
例えば、2,800万円の退職金を支給する場合の源泉所得税額は、2,800万円×20.42%=571万7,600円です。払いすぎた税金は、従業員が確定申告をすることで精算ができます。
退職金から徴収する住民税の計算方法
退職金から徴収する住民税の計算方法は下記のとおりです。
<退職金から徴収する住民税額の計算式>
退職金から徴収する住民税額=(退職金の金額-退職所得控除額)÷2×住民税率
住民税率は、市町村民税(特別区民税)が6%、道府県民税(都民税)が4%です。それぞれについて計算し、100円未満の端数は切り捨ててください。また、退職所得控除額は、所得税の計算時に利用するものと同様です。
例えば、退職金2,800万円、勤続41年の従業員の住民税は下記のようになります。
退職所得控除額:800万円+70万円×(41年-20年)=2,270万円
市町村民税(特別区民税):(2,800万円-2,270万円)÷2×6%=15万9,000円
道府県民税(都民税):(2,800万円-2,270万円)÷2×4%=10万6,000円
よって、「15万9,000円+10万6,000円=26万5,000円」を納めます。
ただし、勤続年数が5年以下の従業員の場合、退職金から退職所得控除額を差し引いた残額のうち、300万円を超える金額については2分の1課税の適用がありません。
例えば、退職金額600万円、勤続4年2ヵ月の従業員の住民税を計算してみましょう。
退職所得控除額:40万円×5年=200万円
退職金から控除額を差し引いた「600万円-200万円=400万円」のうち、300万円のみ2分の1課税が適用され、残り100万円には適用されません。
住民税が課される金額:300万円÷2+100万円=250万円
市町村民税(特別区民税):250万円×6%=15万円
道府県民税(都民税):250万円×4%=10万円
よって、「15万円+10万円=25万円」が退職金から徴収する住民税額です。
中小企業の退職金の相場
ここでは、中小企業の2022年度のモデル退職金(卒業後すぐに入社し、普通の能力と成績で勤務した場合の退職金水準)をご紹介します。詳しくは下記のとおりです。あくまで目安として確認してください。
勤続年数 | 自己都合退職の場合 | 会社都合退職の場合 |
---|---|---|
10年 | 112万1,000円 | 149万8,000円 |
15年 | 212万9,000円 | 265万8,000円 |
20年 | 343万1,000円 | 414万7,000円 |
25年 | 490万6,000円 | 578万2,000円 |
30年 | 653万6,000円 | 754万2,000円 |
定年 | - | 1,091万8,000円 |
勤続年数 | 自己都合退職の場合 | 会社都合退職の場合 |
---|---|---|
10年 | 98万7,000円 | 126万9,000円 |
15年 | 183万7,000円 | 227万4,000円 |
20年 | 292万4,000円 | 346万5,000円 |
25年 | 423万円 | 493万5,000円 |
30年 | 565万8,000円 | 645万9,000円 |
定年 | - | 983万2,000円 |
勤続年数 | 自己都合退職の場合 | 会社都合退職の場合 |
---|---|---|
10年 | 90万7,000円 | 122万3,000円 |
15年 | 170万5,000円 | 214万8,000円 |
20年 | 272万9,000円 | 328万4,000円 |
25年 | 397万1,000円 | 465万6,000円 |
30年 | 532万5,000円 | 604万6,000円 |
定年 | - | 994万円 |
調査対象は、従業員が10人から299人までの、都内の中小企業です。
出典:東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)」
自社の退職金制度を確認しておこう
退職金制度にはさまざまな種類があり、企業によって異なります。退職金制度によって計算方法や手続きなども変わるため、労務担当者は退職金規程を確認しておく必要があります。また、退職金の支給にあたっては、所得税や住民税の源泉徴収も発生するため複雑な計算が必要で、さらに退職手続きにはさまざまな書類の発行も必要です。
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さらに、クラウド人材管理・人事管理システム「総務人事奉行クラウド」も活用すれば、退職証明書をすぐに発行し、ワンクリックでメールに添付して従業員に送付することができます。
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■監修者
山本 喜一
特定社会保険労務士、精神保健福祉士
大学院修了後、経済産業省所管の財団法人に技術職として勤務し、産業技術総合研究所との共同研究にも携わる。その後、法務部門の業務や労働組合役員も経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立。社外取締役として上場も経験。上場支援、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。
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