コロナ禍のIPO準備 ~注意すべき4つの論点と審査事例~
2020年11月11日
- セミナー概要
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コロナ禍で、「利益計画が立てられない」「テレワーク下の労働時間管理ができていない」
「出張制限により拠点の内部監査ができない」等の状況に置かれているIPO準備企業が増えています。
コロナ禍でもIPOを実現するには、どのような点に留意し準備を進めればよいのでしょうか?
本セミナーでは、最新の審査質問事例と併せて、審査への対応ポイントを解説しました。
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目次
1.コロナ禍のIPO動向
2020年3~4月は新型コロナウイルスの影響により上場を見送る企業もありました。 しかし、結果として再上場も含め通年でのIPO社数は93社に着地し、前年の86社を上回る結果となりました。
コロナ禍にあっても、IPOは活性化していると言えます。
ただし、業種によってはこのコロナ禍で厳しい局面に立たされています。 生活様式や社会環境が変化したことにより、飲食業や旅行業は業績悪化が多く見られました。
一方で、次世代技術によるサービス・企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるサービスを提供する企業や、 巣ごもり需要の追い風を受けている企業は比較的業績が安定しやすく、IPOにも注目が集まりました。
IPO準備企業から受ける質問に、「コロナ禍により、IPO準備で特別留意することは増えますか?」というものがあります。
結論からお伝えしますと、リモート環境での職務や会議が中心になるため、 「withコロナ」を前提とした勤怠管理や実効性確保の仕組みが問われますが、「コロナ禍だから」といって特別に審査項目が増えている印象はありません。
これまでも必要とされてきたことが、コロナ禍という環境下でより浮き彫りになっただけで、 IPO準備の本質的な部分はコロナ禍でもそうでなくても変わらない 、というのが私の見解です。2.コロナ禍における審査質問事例
IPO審査質問・評価の内容には、新型コロナウイルスの影響を鑑みた内容のものがいくつか出てきています。
【最新・審査質問事例】
○新型コロナウイルスの影響が予算にどれだけ及ぶ見込みか教えてください。
○新型コロナウイルスの影響で、業務運営や会議体の運用等に影響が出ている場合には、その内容を教えてください。
○リモートワーク時の勤務時間管理の状況を教えてください。
○事業活動及び業績への新型コロナウイルスによる影響と、申請翌期予算への当該影響の反映状況を定量的に説明してください。
○過去の経済危機や天災の際の事業面での影響について、 どの程度の期間、どのような影響があったか説明してください。 (これは、天災・人災が発生した際の影響度・回復期間を過去の実例から推測する趣旨のものと思われます。)
質問内容に「新型コロナウイルス」というワードは出てきます。
しかし、これは”予測されるリスクを予算計画にどれだけ見込んでいるか”という観点において、 具体的なリスクの例として新型コロナウイルスが出てきているということです。 審査の見方がコロナ禍の前後で大きく変わったということではありません。
また、東証マザーズ市場においては、高い成長可能性が審査におけるひとつの軸となります。 新型コロナウイルスの蔓延初期の頃とは異なり、この環境が一過性のものではなく長期間継続するものという考え方が定着した現在においては、 「withコロナ時代」でも高い成長可能性を有しているかが、利益計画の面ではチェックされます。
上場企業の例ですが、緊急事態宣言発令中に限り承認手続きを例外的にリモートで実施したことにより、 その期間の業務プロセスの運用に不備があったと評価されてしまったケースがありました。
遠隔地からの承認手続きが紙からデジタルに変わった等、業務プロセスに変更があった場合は内部統制に影響しますので、 例外的な作業であっても仕組みやルールを整備するようにしましょう。3.利益計画・予算管理には合理性を持たせる
上述した審査質問や評価の傾向から、コロナ禍のIPO準備で特に意識しておくべきテーマとしては以下の4つがあります。(1)利益計画・予算管理まず「(1)利益計画・予算管理」です。
(2)業務運営(社内規程・セキュリティ・内部監査)
(3)会議体
(4)労務管理
利益計画は企業の戦略を数値等に落とした重要な内部管理資料であるとともに、 投資家の投資判断や上場後の企業の継続性を説明する資料です。 そのため、上場審査の中で最も重要なポイントであり、「合理性があるかどうか」がチェックされます。
▲利益計画・予算管理における上場審査上の観点とポイント
計画だけでなくその後の結果についても、月次決算を早期に作成し、予実差異分析を行い、タイムリーな予算修正ができる体制が求められます。 予算とどのくらい乖離したら予算修正するかというルールを予算管理規定に盛り込んでおき、 適時に改善施策を講じられる体制づくりを行うことが予実差異分析実施のポイントです。
また、コロナ禍の利益計画策定における最も重要なポイントは、客観的な外部環境分析・自社環境分析です。
「コロナ禍なので予測ができません」では審査になりません。例えば競合他社の動向を参考にすることもできます。 また、過去のリーマン・ショックや震災など、これまでに自社が経験した環境変化と今回のコロナ禍の影響を比較すれば、 影響の有無や程度が分析できるはずです。
その後SWOT分析を行い、「こういうケースならこれくらい売れる(あるいは売れない)」と、 ベストシナリオからワーストシナリオまでいくつかのシナリオを描きます。
その中から合理的なものを採用し、予実管理を行っていきましょう。
【関連記事】 SWOT分析は必須!合理的な中期経営計画を策定するためのポイントを解説4.業務運営(社内規程・セキュリティ・内部監査)の対応ポイント
「(2)業務運営」に関しては、以下3つの視点から解説します。○社内規程・ワークフロー
○情報セキュリティ
○内部監査
○社内規程・ワークフロー
IPO審査では、申請会社が上場企業として組織的な会社運営がなされ、 内部統制が機能しているかどうかという視点から、社内諸規程等の整備状況・運用状況が確認されます。
特にコロナ禍では職務権限の在り方や稟議フローが整備されているかどうかが、非常に大事なポイントになります。
たとえば「コロナ禍により例外的に遠隔地から承認手続きを行った」などがないように、 あらかじめ業務運営に関するルールの制定や手続きの見直しを行っておくことが重要です。
ワークフローを導入している企業であればリモートワークの中でも承認フローが回ります。 しかしワークフローを導入していても明確なルールが定まっていない場合や、 未だに押印文化が残っており出社せねばならない場合は、業務運営への影響が大きくなります。
事前の運用ルールの見直しや、ワークフローといったツールを活用し、普段から遠隔地であっても承認フローが回せるようにしておきましょう。
また、審査では各種申請書類や管理証憑、 稟議書及び議事録の提出を求められますので、それらの証跡は必ず残しておく必要があります。
証跡化できるツール・ワークフロー等のシステムも活用し、業務の効率化と内部統制を両立していきましょう。
【関連システム】ワークフローで、いつでもどこからでも勤怠打刻・申請承認を実現。OBCの「奉行Edge勤怠管理クラウド」
▲社内規程・ワークフローに関する審査項目と整備の手順
○情報セキュリティ
セキュリティ対策では、端末管理、会社サーバーへのアクセス管理、セキュリティポリシーなどが適切に行われているかがポイントになります。
テレワークではパソコンを持ち帰ることもありますので、情報セキュリティの担保が重要です。 貸し出す情報端末について、支給手続きや盗難・紛失時のオペレーションなどを定めたマニュアルがなければ作成しておきましょう。
その他、テレワーク環境下でのインターネット利用はVPN機器接続を必須にする、ソフトウェアやウイルス対策ソフトを最新の状態にしておく、 社内システムへのアクセスに多要素認証を導入する、アクセス権限を棚卸しておくなどセキュリティ面での措置を講じておきます。
また、不足しがちなコミュニケーションを補う方法としては、Zoomなどのツールを活用することが効果的です。 ただし、LINEなど個人利用のツールで社用連絡を行うことがある場合は、情報漏洩を考慮しツールの特定・ルール化を徹底しておきましょう。
▲情報セキュリティに関する対応ポイント
○内部監査
内部監査では、上述した社内規程の整備状況や、ワークフローの運用状況をモニタリングします。
上場審査の中で内部監査の重要性は増しており、内部監査人に対しては、その経歴やスキル、 実際にどういう監査をしているか、どういう視点で重要監査項目を決めたかがチェックされます。
また、内部監査の対象には子会社や全部署が含まれるという点が、コロナ禍の課題として挙げられます。
これまでは実地監査が基本的な手法でしたが、コロナ禍では移動の制限があるため、リモート監査を活用している会社が増えています。
しかし、監査方法がリモートに変わったとしても、監査の品質が維持されていることは担保されていなければなりません。 リモート監査でも品質を維持するためには、監査の質問内容、収集資料、件数、期間などの細かな設定や、 詳細なスケジューリング、段取りを組んでおく必要があります。
つまり、コロナ禍の内部監査の一連の流れの中で、年度監査計画の策定工程が最重要ポイントとなります。
▲コロナ禍の内部監査では年度監査計画が重要
IPO準備を始めた企業の多くは、社内ルールを整備してから間もない状況です。 そのため、監査の内容としては、最初は業務全般の社内規程の整備・運用状況を監査する「準拠性監査」を行うのが一般的です。
IPO準備を始めて2~3年目になっていくと、よりリスクの高い項目について集中的に監査を行う「リスクアプローチ」に移ります。 コロナ禍における「リスクアプローチ」では、情報セキュリティにかかる監査を重点監査項目に設定するということが予想されます。
監査項目を設定した後は、監査チェックリストを作成します。 監査チェックリストは、リモート監査を実施する上で非常に重要です。
どこの部署に対してどんな形式でどの証憑をとって…など、監査項目や監査の手法を具体的に示す必要があります。 ここが具体的でないと、監査の品質は担保できません。
▲監査チェックリストの例、200以上の項目で監査
【関連記事】IPO準備における内部監査の基本とポイント5.対面同様の実効性が求められる会議体
「(3)会議体」については、Web会議ツールが定着しているため、開催自体に支障はないと思われます。
ただし、取締役会などの重要な会議体は、対面同様の実効性が求められます。
定期的な開催や議事録の整備、書面決議の原則禁止などの点はコロナ禍であっても変わりません。
また、取締役会の運営にはコーポレートガバナンス・コードの適用が求められています。 Web会議であっても、コーポレートガバナンス・コードは意識した上で、会議体を運営していくことが重要です。
▲会議体(取締役会)の整備のポイント6.労務管理は在宅勤務時の勤怠管理が重要
「(4)労務管理」については、在宅勤務者等の労働時間を管理していることが重要な論点となります。
1分単位の労働時間を管理できる勤怠管理ツールの導入や、始業・終業時刻の報告をWebやメールで行う仕組み、残業の取扱いをきちんと定めておく必要があります。
また、勤怠管理のほか整備すべき項目としては、テレワーク規程や在宅勤務規程が挙げられます。 ソフトウェアの貸与や所定労働時間の取扱い、在宅勤務・テレワーク期間中に会社が出社指示した場合の心得、 交通費・通信費の取扱い等を規程に定めておきましょう。
情報通信機器等の費用負担は本人負担または折半が多く、会社全額負担はあまり見られませんが、 規程もなく本人に負担させるのではなく、会社と労働者の間でルールを定めておくことが必要です。
▲上場審査における労務管理のチェックポイントおよび、在宅勤務時のポイント7.まとめ
全体として、コロナ禍で新しい論点が加わったというよりは、 今までの審査項目について、より本質が問われていると見るべきでしょう。
まとめとしては以下のとおりです。
・コロナ禍でも合理的な利益計画の策定と環境変化に伴う適切な予算管理を行ういずれも、ルールや手法をあらかじめ定義しておく必要があるというところがポイントです。
・業務の効率化と内部統制の両立には、規程の整備やワークフローの活用がポイント
・テレワークを導入している場合は、端末管理・会社サーバーへのアクセス管理、セキュリティポリシー等のセキュリティ対策が必要不可欠
・リモート監査の実施時は、事前に詳細な監査計画の作成とスケジュール管理を行う
・会議体はリモートでも対面同様の実効性を確保する
・労務管理は在宅勤務者の勤怠管理のほか各種規程の整備を行う
コロナ禍をきっかけに自社の運営状況を振り返り、整備・運用を行い、IPO実現を目指していきましょう。
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Q. テレワークにおける常勤監査役の「常勤」の定義はどう考えればいいか?
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2014年発足。 事業計画書作成支援、内部統制構築支援などの実務サポートのほか、 IPOの審査トレンドを解説する「IPO Forum」を半期に1度開催し、 資本政策、労務管理など、IPOに必須の論点を解説する「IPO塾」を年間を通して開催している。 メンバーによるコラムも定評がある。
2014年発足。 事業計画書作成支援、内部統制構築支援などの実務サポートのほか、 IPOの審査トレンドを解説する「IPO Forum」を半期に1度開催し、 資本政策、労務管理など、IPOに必須の論点を解説する「IPO塾」を年間を通して開催している。 メンバーによるコラムも定評がある。
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専務執行役員
河野 真宏氏2006年に株式会社タスクに参画後、IPO関連のコンサルティングに実務家として幅広く従事。大型IPO案件や特設注意市場銘柄解除コンサルティングのプロジェクトリーダーを歴任。また各種セミナーの講師を務める。2017年に常務執行役員に、2018年より現職に就任。現在はコンサルティング事業本部を管掌。
※掲載している情報は記事更新時点のものです。
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