IPO準備企業における労務管理
2019年5月9日
1.はじめに
昨今のIPO審査では、労務管理も内部管理体制等に関する事項として、掘り下げて質問される傾向にあります。質問される労務管理の項目は多岐に渡りますが、会社の業績にも影響が出かねない項目は、労働時間と賃金に関する問題です。
労働時間と賃金の問題については、労働基準法(労基法)に違反する労働実態がある場合、消滅時効との関係から原則として過去2年分遡って未払いとされる賃金を支払う必要が生じます。それだけではなく、労基法に違反した労働実態によって賃金コストが不適切に抑えられていた場合、人件費率が高い会社では、利益に関する業績予想を修正せざるを得なくなる可能性もあります。
今回はその中でも未払い残業代の指摘を受けやすい「名ばかり管理職」と「固定残業代」に関する問題を検討します。
労働時間と賃金の問題については、労働基準法(労基法)に違反する労働実態がある場合、消滅時効との関係から原則として過去2年分遡って未払いとされる賃金を支払う必要が生じます。それだけではなく、労基法に違反した労働実態によって賃金コストが不適切に抑えられていた場合、人件費率が高い会社では、利益に関する業績予想を修正せざるを得なくなる可能性もあります。
今回はその中でも未払い残業代の指摘を受けやすい「名ばかり管理職」と「固定残業代」に関する問題を検討します。
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2.名ばかり管理職
残業代を支払っていない管理監督者の範囲は適正でしょうか。部下がいる管理職に就いたからといって当然のごとく残業代を支払わなくて良いという関係にはありません。労基法上の管理監督者に該当しなければ、たとえ管理職であっても残業代を支払う必要があります。すなわち、会社で管理監督者扱いしている管理職の方々が、名ばかり管理職になっていないかをチェックする必要があります。
そもそも、労基法上、労働時間・休日の枠組みの基本原則は、1日8時間、1週40時間、週1休日となります。この原則の適用が除外される者として管理監督者が規定されています。そのため、管理監督者は1日8時間を超えて働いても、1週40時間を超えて働いても、休日に働いても、いわゆる残業代を支払わなくて良いということになります。ただし、深夜業の規定は適用されるため、午後10時以降の労働について深夜割増賃金の支払義務は生じます。
会社から見れば、残業代を支払わなくて良い対象となるため、管理監督者扱いとなる者を増やしたいというニーズがあるかもしれません。しかし、単に部下がいて会社が管理職の名称を付したからといって、残業代を支払わなくても良い管理監督者になるわけではないので注意が必要です。
それでは、労基法上の管理監督者とは、どのような立場にある者が想定されているのでしょうか。この点、行政解釈では、労基法上の管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者の意であって、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきとされています(昭22・9・13発基17号、昭63・3・14基発150号)。
会社がその者に部長といった名称を付したから、管理監督者扱いされるのではなく、あくまでその実態に即して判断されるということになります。とはいえ、このような定義だけでは未だ不明確な面を残します。そこで、より具体的に、過去の裁判例等を基に3つの要件を挙げると次のようになります。
会社が管理監督者扱いをしている方は、労働時間や休日に縛られないため、無意識のうちに労働時間は長時間に及び、休日も含め働いてしまう傾向にあります。それゆえ、仮にIPO審査の際、管理監督者性を否定され、その人数が多くを占めていた場合、過去2年分の未払い残業代は多額に及ぶリスクを抱えています。
それだけでなく、管理監督者性を否定された方々の時間外労働や休日労働も罰則付上限規制により厳格な制限が加わることになります。そうすると、仕事が回らなくなり、人員の増員を余儀なくされ、その結果、利益に関する業績予想も下方修正が必要になるといった事態を生じさせかねませんので、注意が必要です。
そもそも、労基法上、労働時間・休日の枠組みの基本原則は、1日8時間、1週40時間、週1休日となります。この原則の適用が除外される者として管理監督者が規定されています。そのため、管理監督者は1日8時間を超えて働いても、1週40時間を超えて働いても、休日に働いても、いわゆる残業代を支払わなくて良いということになります。ただし、深夜業の規定は適用されるため、午後10時以降の労働について深夜割増賃金の支払義務は生じます。
会社から見れば、残業代を支払わなくて良い対象となるため、管理監督者扱いとなる者を増やしたいというニーズがあるかもしれません。しかし、単に部下がいて会社が管理職の名称を付したからといって、残業代を支払わなくても良い管理監督者になるわけではないので注意が必要です。
それでは、労基法上の管理監督者とは、どのような立場にある者が想定されているのでしょうか。この点、行政解釈では、労基法上の管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者の意であって、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきとされています(昭22・9・13発基17号、昭63・3・14基発150号)。
会社がその者に部長といった名称を付したから、管理監督者扱いされるのではなく、あくまでその実態に即して判断されるということになります。とはいえ、このような定義だけでは未だ不明確な面を残します。そこで、より具体的に、過去の裁判例等を基に3つの要件を挙げると次のようになります。
- ① 実質的に経営者と一体的な立場にあるといえる重要な職務と責任、権限が付与されていること
- ② 自己の出退勤も含め労働時間について裁量があって、労働時間について厳格な管理下に置かれていないこと
- ③ 一般の従業員と比較してその地位と権限にふさわしい賃金上(基本給、手当、賞与)の待遇を付与されていること
会社が管理監督者扱いをしている方は、労働時間や休日に縛られないため、無意識のうちに労働時間は長時間に及び、休日も含め働いてしまう傾向にあります。それゆえ、仮にIPO審査の際、管理監督者性を否定され、その人数が多くを占めていた場合、過去2年分の未払い残業代は多額に及ぶリスクを抱えています。
それだけでなく、管理監督者性を否定された方々の時間外労働や休日労働も罰則付上限規制により厳格な制限が加わることになります。そうすると、仕事が回らなくなり、人員の増員を余儀なくされ、その結果、利益に関する業績予想も下方修正が必要になるといった事態を生じさせかねませんので、注意が必要です。
3.固定残業代
固定残業代も確認が必要な項目です。例えば、管理職手当5万円とした上で、その手当を固定の残業代扱いしていませんか?年俸制として残業代込みで600万円としていませんか?これらの固定残業代制は有効性を欠くと判断されかねないので、注意が必要です。
そもそも、固定残業代や定額残業代といった名称から、何時間残業しても残業代を固定した金額にできると勘違いされることがありますが、当然のことながら、そのようなことはありません。
当初予定していた時間を超える時間外労働があった場合、固定残業代を採用していたとしても、その超えた部分については、時間外労働の割増賃金を支払う必要があります。すなわち、何時間残業しても残業代が固定されるといった意味での固定残業代はありません。なお、みなし労働時間制や裁量労働制と組み合わせることで有効なものとして機能する余地はあります。
一方、固定残業代そのものが有効性を欠くというわけではありません。固定残業代も適切な対応を行えば、有効性があるものとして機能します。その際のポイントは、従業員に理解されるよう、固定残業代であることが明確に区分されているか否かです。その上で、当初予定していた時間を超えた時間がある場合には、その超えた時間について別途残業代の支払いを行う必要があります。
先ほど例に挙げた管理職手当5万円といった表記は、それが時間外労働の対価なのかが明確になっていませんし、仮に時間外労働の対価であったとしても、何時間分の対価であるかも不明確なままです。一方、年俸制として残業代込みで600万円という表記は、残業代部分がいくらなのか不明です。そうすると、固定残業代として明確に区分されているとはいえず、有効なものとして機能しないといった判断がなされることになりかねません。
以上を踏まえ、固定残業代が有効なものとして機能するポイントをまとめると、次のようになります。
そもそも、固定残業代や定額残業代といった名称から、何時間残業しても残業代を固定した金額にできると勘違いされることがありますが、当然のことながら、そのようなことはありません。
当初予定していた時間を超える時間外労働があった場合、固定残業代を採用していたとしても、その超えた部分については、時間外労働の割増賃金を支払う必要があります。すなわち、何時間残業しても残業代が固定されるといった意味での固定残業代はありません。なお、みなし労働時間制や裁量労働制と組み合わせることで有効なものとして機能する余地はあります。
一方、固定残業代そのものが有効性を欠くというわけではありません。固定残業代も適切な対応を行えば、有効性があるものとして機能します。その際のポイントは、従業員に理解されるよう、固定残業代であることが明確に区分されているか否かです。その上で、当初予定していた時間を超えた時間がある場合には、その超えた時間について別途残業代の支払いを行う必要があります。
先ほど例に挙げた管理職手当5万円といった表記は、それが時間外労働の対価なのかが明確になっていませんし、仮に時間外労働の対価であったとしても、何時間分の対価であるかも不明確なままです。一方、年俸制として残業代込みで600万円という表記は、残業代部分がいくらなのか不明です。そうすると、固定残業代として明確に区分されているとはいえず、有効なものとして機能しないといった判断がなされることになりかねません。
以上を踏まえ、固定残業代が有効なものとして機能するポイントをまとめると、次のようになります。
- ① 給料明細等で、通常の賃金部分と固定残業代部分とを明確に区別しておくこと。
- ② 就業規則や雇用契約書等で、固定残業代がいくらで、何時間分の時間外労働を対象としているのか明確にしておくこと。
- ③ 実際の時間外労働が固定残業代で予定していた時間を超えた場合、その時間外労働に対する割増賃金を支給すること。
4.おわりに
決算上は利益を上げているように見えても、実質は違法な労働実態に支えられていた見せかけの利益では、IPO審査を通過することは難しいばかりか、仮にIPOできたとしても、その後の上場を維持していくことが困難になりかねません。IPO後の上場を維持し続けるためにも、労基法に従った適正な労働環境を構築していくことをIPO準備段階から会社としてしっかりと意識していくことが重要です。
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執筆
弁護士法人ALG&Associates 代表執行役員/弁護士 片山 雅也氏
東京弁護士会所属。上場企業の社外取締役、厚生労働省・技術審査委員会での 委員や委員長を務める。
近著に、
「労働紛争解決のための民事訴訟法等の基礎知識」
「65歳全員雇用時代の実務Q&A」
「トラブル防止のための就業規則」(いずれも労働調査会)がある他、 労政時報、労働基準広報、先見労務管理、労務事情、月刊人事労務実務の Q&A及びLDノート等へ多数の論稿がある。
企業側労務問題、 企業法務一般及びM&A関連法務など企業側の紛争法務及び 予防法務に従事する。
高品質なリーガルサービス、弁護士法人ALG&Associates
近著に、
「労働紛争解決のための民事訴訟法等の基礎知識」
「65歳全員雇用時代の実務Q&A」
「トラブル防止のための就業規則」(いずれも労働調査会)がある他、 労政時報、労働基準広報、先見労務管理、労務事情、月刊人事労務実務の Q&A及びLDノート等へ多数の論稿がある。
企業側労務問題、 企業法務一般及びM&A関連法務など企業側の紛争法務及び 予防法務に従事する。
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