信託型ストックオプションを取り巻く状況、懸念と今後の展開
更新:2023年12月22日
目次
1.信託型ストックオプションを取り巻く状況
※この章は2023年6月時点の情報をもとに記載しています。
スタートアップ企業やIPO準備企業などの成長段階にある企業において、導入が増えていた信託型ストックオプション。
信託型ストックオプションは、従来のストックオプションの課題であった、事前にストックオプションの付与対象者を決めなければならない、役職員を採用する都度ストックオプションを発行するとコスト高になる、という経営上の課題を解決でき、税制面においても権利行使時の給与所得課税はなく、売却時に約20%の譲渡所得課税のみというメリットが謳われ、発行会社および受益者である役職員双方にメリットが大きいインセンティブプランとして人気が高まっていました。
しかし国税庁は2023年5月、信託型ストックオプションは、従来から権利行使時に最大約55%の給与所得課税であるという見解を公式に発表しました。導入企業の間で一般的に理解されている課税関係とは異なる見解に波紋が広がっています。
スタートアップ企業やIPO準備企業などの成長段階にある企業において、導入が増えていた信託型ストックオプション。
信託型ストックオプションは、従来のストックオプションの課題であった、事前にストックオプションの付与対象者を決めなければならない、役職員を採用する都度ストックオプションを発行するとコスト高になる、という経営上の課題を解決でき、税制面においても権利行使時の給与所得課税はなく、売却時に約20%の譲渡所得課税のみというメリットが謳われ、発行会社および受益者である役職員双方にメリットが大きいインセンティブプランとして人気が高まっていました。
しかし国税庁は2023年5月、信託型ストックオプションは、従来から権利行使時に最大約55%の給与所得課税であるという見解を公式に発表しました。導入企業の間で一般的に理解されている課税関係とは異なる見解に波紋が広がっています。
2.そもそも信託型ストックオプションとは?
信託型ストックオプションとは、オーナーが信託(受託者)に金銭を払い込み、その金銭をもって信託(受託者)が発行会社から有償でストックオプションを購入し、信託期間満了(株式上場など、期間満了の条件をあらかじめ設定)時に業績や人事評価などに応じて役職員等に無償でストックオプションを渡すスキームのことです。
▲信託型ストックオプション、キャッシュの動きとストックオプションの流れ
信託型ストックオプションのメリットとしては主に以下が挙げられます。
▲信託型ストックオプション、キャッシュの動きとストックオプションの流れ
信託型ストックオプションのメリットとしては主に以下が挙げられます。
- ・入社時期に関わらず会社への貢献度などに応じて平等に役職員等に付与できる
- ・役職員の採用の都度発生していたストックオプションの煩雑な発行手続きを省略できる
- ・権利行使時の課税はなく、売却時に譲渡所得として約20%のみの課税である(と導入企業を中心に一般的には理解されていた)
- ・権利行使価額は信託(受託者)がストックオプションを時価で購入した時点の株価で良い
- ・有償ストックオプションの一種であるにも関わらず、権利付与時にストックオプションの発行価額を受益者(役職員等)が支払わなくてよい
- ・税制適格ストックオプションのような年間権利行使限度額(年間1,200万円以下)がない
3.導入企業における信託型ストックオプション課税への見解
「権利行使時の課税はなく、売却時に譲渡所得として約20%が課税される」
- ・信託(受託者)が有償ストックオプションを発行会社から取得し、役職員に付与していること(発行会社は付与していない)から、ストックオプションにおける利益は労働の対価にあたらず、給与所得課税(最大約55%)はない。
- ・有償ストックオプションの一種であるため、付与時及び権利行使時には課税されず、株式売却時にのみ譲渡所得として約20%が課税される。(=税制適格ストックオプションと同様の課税関係)
信託型ストックオプションは、信託の組成費用や、信託を維持するためのランニングコスト等も発生するため、導入する企業にはそれなりのコスト負担が生じます。しかし、それ以上の経営上及び上述の税制上のメリットがあるため、上場会社と比べて資金力に乏しいスタートアップ企業やIPO準備企業を中心に、優秀な人材を確保するためのインセンティブプランとして導入が進んでいました。
4.国税庁における信託型ストックオプション課税への見解
「ストックオプションの権利行使時に給与所得として最大約55%が課税される」
実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与しているのと同様であること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、ストックオプションに伴う経済的利益は労務の対価に当たり、権利行使時に給与として課税される。(=税制非適格ストックオプションと同様の課税関係)
国税庁の見解公表のポイントとしては、あくまで国税庁としては従来から権利行使時に給与課税という立場であり、今回の見解公表により課税関係を変更するものではないという点です。
したがって、既に権利行使済みの信託型のストックオプションがある導入企業については、多額の源泉徴収もれが発生していることになり、大きな影響が避けられない状況となっています。
なお、2023年6月2日に国税庁から公表された「信託型ストックオプションの課税上の取扱いについて」によると、信託(受託者)がストックオプションを保有している(役職員への付与はまだ行われていない)場合には、税制適格要件を満たすように割当契約書等を見直すことにより、税制適格ストックオプションとして取扱うことができるとの見解も同時に発表しています。
5.信託型ストックオプション導入企業への影響
会社は給与の支払いを行う場合には、その給与額に応じた所得税及び復興特別所得税を源泉徴収する義務を負っています。
上述の通り、信託型ストックオプションの課税関係は、国税庁としては従来から権利行使時に給与課税という立場であるということが公表されましたが、信託型ストックオプションの導入企業のすべてに源泉徴収もれが発生しているということではなく、既に権利行使済みの信託型ストックオプションがある導入企業は多額の源泉徴収もれが生じているということになります。
過去に権利行使済みの信託型ストックオプションがある場合には、そのほとんどが源泉所得税等の法定納期限を経過してしまっていると考えられます。その場合、現時点で過去分の本税を納付したとしても、法定納期限までに納付しなかったことに対するペナルティーとして不納付加算税及び延滞税が課せられることになります。
多額の源泉所得税等の納付もれがある場合には、不納付加算税や延滞税の負担も高額になることから、既に権利行使済みの信託型ストックオプションがある導入企業については、国税庁の見解に従うか否かに関係なく(※)、一旦、給与課税したものとして源泉所得税等を納付した上で今後の対応を検討する、ということも一考に値するものと考えられます。
(※)国税庁の見解には従わないという判断をする場合には、源泉所得税等を納付した上で過誤納還付請求を行い、還付請求が認められない場合には不服申立て(審査請求、税務訴訟の提起)という手続きが考えられます。
国税庁の見解に従う場合には、会社が納付した源泉所得税等はあくまで権利行使をした役職員個人が負担すべきものであるため、会社としては立替金として権利行使をした役職員個人へ求償するのが基本的な流れになります。
一方で、権利行使をした役職員が既に退職済みで求償が難しいケースや、既に費消してしまい納税資金が手元にないケース、権利行使をした役職員のモチベーションに配慮するなどの理由により、やむを得ず会社負担とすることも考えられます。
会社負担とする場合には、権利行使をした役職員個人が負担すべき源泉所得税相当額の給与を支給したものとしてグロスアップ計算を行う必要がある点や、本来は役職員から徴収すべき求償権を放棄することになるため、株主への説明責任が問われる可能性にも留意が必要です。
事務手続き面としては、年末調整の再計算、法定調書と給与支払報告書の再提出が必要となり、役職員個人側としては年間の給与収入が2,000万円超となる場合には所得税確定申告が必要になると考えられます。
このように、発行会社・役職員にとって金銭面はもちろん、事務手続き面においても負担は決して軽くはないと言えます。
上述の通り、信託型ストックオプションの課税関係は、国税庁としては従来から権利行使時に給与課税という立場であるということが公表されましたが、信託型ストックオプションの導入企業のすべてに源泉徴収もれが発生しているということではなく、既に権利行使済みの信託型ストックオプションがある導入企業は多額の源泉徴収もれが生じているということになります。
区分 | 検討状況等 |
新株予約権の交付が行われていない場合(信託が新株予約権を保有している場合) | ・信託協会から、一定の要件を満たす信託型ストックオプションについて、税制適格ストックオプションと取り扱うことができないか、といった問い合わせを受けています。 |
新株予約権の交付は済んでいるが、権利行使は行われていない場合 | ・新株予約権を行使しなければ、給与課税の対象となりません。 |
権利行使が行われ株式の交付を行っている場合 | ・給与課税の対象となり源泉所得税の納付が必要となります。 ・源泉所得税の一括納付が困難な場合には、税務署に申請をすることで、原則として1年以内の期間に限り、納税の猶予等に基づく分割納付が認められる場合があります。詳しくは納税地を所轄する税務署にお問い合わせください。 |
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過去に権利行使済みの信託型ストックオプションがある場合には、そのほとんどが源泉所得税等の法定納期限を経過してしまっていると考えられます。その場合、現時点で過去分の本税を納付したとしても、法定納期限までに納付しなかったことに対するペナルティーとして不納付加算税及び延滞税が課せられることになります。
不納付加算税、延滞税の税率
①不納付加算税
②延滞税
※源泉所得税の消滅時効は5年(不正等の場合は7年)
①不納付加算税
- ・法定納期限後に納税の告知を受けてから納付した場合・・・本税の10%
- ・納税の告知前に納付した場合・・・本税の5%
②延滞税
- ・法定納期限後2ヶ月以内の期間・・・年2.4%
- ・上記以後の期間について・・・年8.7%
※源泉所得税の消滅時効は5年(不正等の場合は7年)
多額の源泉所得税等の納付もれがある場合には、不納付加算税や延滞税の負担も高額になることから、既に権利行使済みの信託型ストックオプションがある導入企業については、国税庁の見解に従うか否かに関係なく(※)、一旦、給与課税したものとして源泉所得税等を納付した上で今後の対応を検討する、ということも一考に値するものと考えられます。
(※)国税庁の見解には従わないという判断をする場合には、源泉所得税等を納付した上で過誤納還付請求を行い、還付請求が認められない場合には不服申立て(審査請求、税務訴訟の提起)という手続きが考えられます。
国税庁の見解に従う場合には、会社が納付した源泉所得税等はあくまで権利行使をした役職員個人が負担すべきものであるため、会社としては立替金として権利行使をした役職員個人へ求償するのが基本的な流れになります。
一方で、権利行使をした役職員が既に退職済みで求償が難しいケースや、既に費消してしまい納税資金が手元にないケース、権利行使をした役職員のモチベーションに配慮するなどの理由により、やむを得ず会社負担とすることも考えられます。
会社負担とする場合には、権利行使をした役職員個人が負担すべき源泉所得税相当額の給与を支給したものとしてグロスアップ計算を行う必要がある点や、本来は役職員から徴収すべき求償権を放棄することになるため、株主への説明責任が問われる可能性にも留意が必要です。
事務手続き面としては、年末調整の再計算、法定調書と給与支払報告書の再提出が必要となり、役職員個人側としては年間の給与収入が2,000万円超となる場合には所得税確定申告が必要になると考えられます。
このように、発行会社・役職員にとって金銭面はもちろん、事務手続き面においても負担は決して軽くはないと言えます。
6.今後は税制適格ストックオプションの活用を推進
令和5年6月の新しい資本主義実現会議において税制適格ストックオプションに関する提言がなされるなど、国としても、税制適格ストックオプションの使い勝手の悪い部分を解消して、スタートアップ等の企業成長のために活用を推進したい考えです。
今後、以下のような適格要件の緩和や明確化、手続きの簡素化が予定されています。
今後、ストックオプションに関する環境整備は進んでいくことが想定されますが、株価算定ルールの変更を中心に、従来の資本政策の考え方が大きく変わる可能性も考えられます。
IPOに向けた資本政策は一度実行してしまうと後戻りができません。検討・実行にはIPO審査の観点、会計上の観点、税務上の観点など、多角的な検討が必要です。
経営者がイメージするIPOを実現するためにも、資本政策の検討はなるべく早期に着手し、専門家の意見も聞きながら立案することをおすすめいたします。
今後、以下のような適格要件の緩和や明確化、手続きの簡素化が予定されています。
- ①株式保管委託要件の撤廃
- ②社外高度人材への付与要件の緩和、認定手続の軽減
- ③権利行使限度額(現在は年間1,200万円以下)の大幅な引き上げ又は撤廃
- ④スタートアップによるストックオプションの発行について、株主総会から取締役会への委任決議の有効期限や委任内容の規制緩和
- ⑤税制適格ストックオプションの付与契約時の株価算定ルールの明確化(通達改正案のパブリックコメント募集中)
- ⑥米国を参考にしたストックオプションプール実現に向けた環境整備 など
今後、ストックオプションに関する環境整備は進んでいくことが想定されますが、株価算定ルールの変更を中心に、従来の資本政策の考え方が大きく変わる可能性も考えられます。
IPOに向けた資本政策は一度実行してしまうと後戻りができません。検討・実行にはIPO審査の観点、会計上の観点、税務上の観点など、多角的な検討が必要です。
経営者がイメージするIPOを実現するためにも、資本政策の検討はなるべく早期に着手し、専門家の意見も聞きながら立案することをおすすめいたします。
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執筆
あいわ税理士法人
パートナー/税理士
宮間 祐介氏
パートナー/税理士
宮間 祐介氏
個人会計事務所、辻・本郷税理士法人を経て現職に就く。 2020年より第2事業部部長、社団・財団プラクティス・グループのリーダーを務める。 上場企業、上場準備企業への税務コンサルティングを中心に、IPO支援、組織再編スキームの立案実行支援、連結納税、ホールディング化支援、税務デューデリジェンス、株価算定、相続・事業承継対策、各種セミナー講師など、幅広い業務に従事。
あいわ税理士法人 ホームページ
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