給与の支払口座に電子決済アプリ等が利用できる「給与デジタル払い(賃金のデジタル払い)制度」が施行して1年以上が経過しました。2024年8月には初の指定資金移動業者が登録され、徐々に導入を検討している企業が増えているようです。
そこで今回は、給与デジタル払い制度を導入する際のロードマップと注意点について解説します。
※給与のデジタル払いが解禁された背景やメリットについては、コラム「給与を電子マネーで支払うデジタル払いのメリットや注意点とは? 」を参照ください。
目次
給与デジタル払い制度とは
労働基準法では、賃金の支払方法は「原則現金払い」とされていますが、従業員の同意が得られれば、銀行その他の金融機関の預金、または貯金口座への振込みなどが認められています。
そして、昨今はキャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進んでいることを受け、2023年4月に法令の一部が改正され、「資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払」が認められました。これが、いわゆる「給与のデジタル払い制度」です。
この制度を利用するには、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者を介することが要件となっています。資金移動業者とは、「〇〇ペイ」などと呼ばれるキャッシュレス決済サービスなど、金融機関以外で為替取引を業として営む事業者のことです。その中でも「厚生労働省に指定登録を受けた事業者」のみが、給与の支払先として認められています。
2024年9月現在、厚生労働省が指定する資金移動業者はPayPay1社のみとなっており、年内にも本人確認をした全てのユーザ向けの給与受取サービスが開始されます。他にも3社審査中の資金移動業者があるほか、d払いやメルペイなどその他の資金移動業者も申請準備を進めているという報道もあります。
ある民間企業の調査では、給与のデジタル払いに関心を持っている就労者は400万人以上いるという実態も見えており、給与デジタル払い制度の利用は今後拡大すると予想されています。企業としては、この制度を導入するかしっかり検討し、必要な対応準備をできるところから進めましょう。
給与デジタル払い制度の導入に向けたロードマップ
給与のデジタル払いの導入に際し、具体的な導入手順は次のようになっています。
1.利用する指定資金移動業者の選定
厚生労働大臣の認可が下りた指定資金移動業者は、No.厚生労働省のホームページにて公表されています。
指定資金移動業者は複数選択することも可能です。どのサービスを選択するかは、労働者のニーズを踏まえながら、次のような項目を目安に検討するとよいでしょう。
●指定資金移動業者の選定ポイント
- ① 口座残高上限の設定金額※
- ② 1日あたりの払い出し上限の設定金額※
- ③ 労働者や雇用主の手数料負担の有無と金額
- ④ 指定資金移動業者との契約締結の要否
※①②の上限の設定金額は、指定資金移動業者が提示する上限額です。雇用主と指定資金移動業者との個別の調整によって、上限を引き上げることはできません。
給与の支払口座として利用する条件は、指定資金移動業者ごとに規定されます。検討に当たってサービス内容を確認する際は、所定の賃金支払日に向けた企業側の事務処理期限や、支払い方法(企業で資金移動アカウントを作成したうえで労働者のアカウントに支払うのか、現行の銀行振込と同様の手続き・手順を踏むのか)なども確認しておきましょう。
2024年1月までに申請されたサービスは、PayPay、au PAY、楽天ペイ、COIN+(リクルートMUFGビジネス)の4サービスで、このうちPayPayが2024年8月に国内初の指定資金移動業者として認可されました。
サービス名 | 事業者名 | 特徴 |
---|---|---|
PayPay | PayPay | QRコード決済利用シェア1位。導入店舗数1,000万カ所(2023年8月現在)。登録ユーザー数6,500万人以上(うち本人確認済3,000万以上) |
au PAY | KDDI | 会員数が約3,438万人、加盟店舗数662万カ所(2024年3月時点公式発表)Pontaポイントに還元。 |
楽天ペイ | 楽天 | 楽天会員ID数は1億人超。QRコード決済の利用者数で国内2位(2024年4月現在) 楽天ポイントに還元。導入店舗数600万カ所(2022年10月時点) |
COIN+ | リクルートMUFGビジネス | リクルートと三菱UFJ銀行が共同で開発した専用アプリ「エアウォレット」を使用。高い安全性。全国の20万店舗以上で利用可能(2023年10月時点) |
PayPayの場合は、20万円を上限として、PayPayがユーザーに割りあてた「給与受取口座の入金用口座番号」に対し、従来と同様に給与振込を行うことができます。ユーザーの「給与受取口座」に入金された時点で給与支払いが完了するため、PayPayと新たにサービス契約をする必要はなく、給与の送金にかかる追加のシステム開発も不要です。受入上限額を超えた場合も、超過金額を自動送金先口座兼保証金受取口座(いわゆる指定代替口座)に自動で送金されます。
※ 指定資金移動業者の対応の詳細は、各資金移動業者のホームページでご確認ください。
2.システムの対応確認
指定資金移動業者の選定と合わせて、現有の給与システムの対応状況も確認します。 給与システムで主に確認するポイントは、給与をデジタル払いにする際に必要となる情報の管理方法と、指定資金移動業者への支払方法です。
例えば、給与のデジタル払いに関して企業が把握・管理する必要がある情報には、次のようなものがあります。
クラウド型のシステムであれば、随時行われるプログラム更新で対応される可能性が高いですが、オンプレの給与システムや給与ソフトなどの場合は、受取用口座情報等を管理することに対応できない恐れがあります。現有の給与システムで上記の情報を管理できない場合は、給与システムとは別に管理する仕組みを整えるか、給与システムそのものを改修またはリプレイス、場合によってはクラウドサービスに移行することも検討する必要があるでしょう。
また、給与システムからの支払方法については、指定資金移動業者の条件によります。PayPayは「銀行振込と同様に」となっていますが、その他の指定資金移動業者が同じとは限りません。システム側でどのような対応が必要か、指定資金移動業者が提示する条件をしっかり確認した上で、自社の給与システムの見直しを検討しましょう。
さらに、企業が把握・管理する必要がある情報の収集方法も、検討する必要があります。
厚生労働省の提供する様式などを使って紙で収集することも可能ですが、電子データで収集すると後々の事務処理や管理体制が効率化できるのでおすすめです。最近は、従業員の手続きに関するクラウドサービスも数多く提供されています。既に何らかのサービスを導入している場合は、給与のデジタル払いに必要な情報等の収集が可能かも確認しましょう。(詳しくは後述します)
3.労使協定の締結
給与デジタル払い制度を導入するには、事前に各事業場で労使協定を締結しなければなりません。労使協定の形式は特に定めはありませんが、労使協定で次の項目を定め記載する必要があります。
●労使協定に記載すべき事項
- 対象となる労働者の範囲
- 対象となる賃金の範囲およびその金額
- 取扱金融機関、取扱証券会社、取扱指定資金移動業者の範囲
- 実施開始時期
労使協定は、事業場ごとに、労働者の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者)と締結する必要があります。厚生労働省のホームページでは、労使協定の様式例も紹介されているため参考にするとよいでしょう。
出典:厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」
4.就業規則の改定・届出
給与の支払方法は、給与規定への明記が義務づけられた「絶対的記載事項」に当たるため、デジタル払いも適用する場合は就業規則(給与規定)の改定が必要です。給与規定には、資金移動業者に関する項目やデジタル払いに関する運用ルールなど労使協定の締結内容を追記します。
なお、給与規定を変更した際には、就業規則の変更届出が必要です。届出を怠った場合、30万円以下の罰金が課される可能性があるため、忘れずに届出を行いましょう。
※給与規定の変更届については、コラム「給与規定を変更したら変更届出は忘れずに!手続きの流れや注意点を分かりやすく解説 」を参照ください。
5.従業員への周知・留意事項の説明
労使協定を締結後、給与のデジタル払いを希望する従業員に対して、制度の内容や留意事項の説明を行います。これは、労働基準法施行規則(第7条の2)に定められているもので、企業は給与デジタル払い制度について従業員の理解を得たうえで同意を得なければなりません。
説明する内容は、具体的に次のようなものになります。労使協定で定めた対象となる従業員の範囲に基づき、書面やイントラネットへの掲示、説明会などで周知しましょう。
●給与デジタル払い制度における留意事項の説明内容
- ① 労働者の同意が必要な旨
- ② 資金移動業者口座の資金の特徴・上限額・手数料等
- ③ 資金移動業者が破綻した場合の保証
- ④ 資金移動業者口座の資金が不正に出金等された場合の補償
- ⑤ 資金移動業者口座の資金を一定期間利用しない場合の債権
- ⑥ 資金移動業者口座の資金の換金性
②については、デジタル払いの受取用口座は「預金」ではなく支払や送金に用いるためであることを理解してもらうことが重要です。給与をデジタル払いにするとどのようなリスクがあるか、どのように換金・運用するかなどにも納得した上で、従業員が給与のデジタル払いを選択できるよう務めなければなりません。特に、送金や決済などに利用しない資金を滞留させてはならないため、指定資金移動業者への振込額には上限が設定されています。口座残高が上限額を超える額は銀行口座に振り込まれること、その場合、銀行への振込手数料がかかる場合があることを周知徹底する必要があります。
また③〜⑤は、資金移動業者が厚生労働大臣の指定を受けるための要件と同様になるため、選定した資金移動業者の開示情報に基づいて説明します。
これらとあわせて、手続きの進め方や就業規則の改定内容なども説明を行うと、後々の対応がしやすくなります。 なお、事前説明用の留意事項内容については、厚生労働省が見本を用意しているので、自社用に説明資料を作成する際の参考にするとよいでしょう。
出典:厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」
6.希望する従業員からの同意書提出
給与のデジタル払いを希望する従業員には、必ず同意書を提出してもらいます。(希望しない従業員は提出する必要はありません)同意書の様式は、特に定めはないため自社フォーマットで問題ありませんが、次のような項目を記載できるようにしておきましょう。
●同意書で収集する事項
- 資金移動業者名
- 資金移動業者のサービス名
- 資金移動業者の口座番号(idアカウント)
- デジタル払いで受け取りたい給与の額
- 代替口座情報等(上限超過分の振込先として)
- 支払開始希望日
厚生労働省のホームページには同意書の様式例も用意されており、そのまま利用することも、独自フォーム作成時の参考にすることも可能です。また、外国人社員が積極的に利用する可能性を考慮して、 多言語様式例も公開されているため、自社の従業員にあわせて利用するとよいでしょう。
出典:厚生労働省「資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について」
給与デジタル払い開始までに必要な「仕組み」を整備しよう
給与のデジタル払いに必要な“仕組み”は2つあります。1つはデジタル払いを希望する従業員からアカウント情報等や同意書を提出してもらうための“仕組み”、そしてもう1つは、従業員が希望した額を労働者の資金移動業者のアカウントに支払う“仕組み”です。
●従業員のアカウント情報等と同意を得るための仕組み
給与のデジタル払いには、「アカウント等の受取用口座情報」と「デジタル払いに関する同意書」が必要になります。どちらも紙で収集することも可能ですが、後々の業務を効率的に進めるには電子データで収集する仕組みがあると便利です。
受取用口座情報を電子データで受理すれば、そのまま給与システムに取り込むことができ、手入力によるリスクを回避することができます。同意書は、労働関係に関する重要な書類にあたるため3年間の保存が義務づけられています(労働基準法第109条)が、書面のほか電子データでの受理も認められています。同意書も電子データで受理すれば、そのまま保存・管理することができます。
例えば奉行Edge 労務管理電子化クラウドには、受取用口座情報やデジタル払いへの同意情報が収集できる専用フォームがあります。パソコンやスマートフォンからいつでもアクセスでき、Web上のフォームから必要事項を入力してもらうだけで、従業員の社内手続きが完了できます。サービスから提出された情報は、ワンクリックで社員情報に反映でき、給与システムに連携させて支払方法にも反映します。
また、「お知らせ機能」を使えば給与のデジタル払いを行う旨の周知もできるため、制度利用に関する周知、留意事項の説明から必要情報の収集まで、1つのサービスで完結することが可能です。
●労働者の資金移動業者のアカウントに支払う仕組み
給与の計算方法は、従来の銀行振込を行う場合と変わりませんが、指定資金移動業者への振込に対応するシステムを用意しなければなりません。自社で現在利用している給与システムがどのように対応するかを確認し、給与のデジタル払いを希望する従業員がどの程度いるかなどを踏まえ、必要に応じて給与システムのクラウド化やリプレイスなどを検討しましょう。
その際、収集した従業員の受取用口座情報をどのように取り込むかも確認しておくと、システム連携や一元管理の体制が整います。例えば給与奉行クラウドの場合、奉行Edge 労務管理電子化クラウドで収集した口座情報を取り込んで、従来の金融機関口座の場合と同様に指定資金移動業者へのFBデータも作成でき、スムーズに給与支払い業務を完了できます。
指定資金移動業者がPayPayの場合は、PayPayが提供する「PayPay給与受取」と奉行Edge 労務管理電子化クラウドが機能連携して、「給与受取口座への入金用口座番号」を取得することができるため、従業員に負担をかけることなく情報収集から給与支払までをシームレスに実行できます。
※本連携および機能提供は2025年春頃を予定しています。
給与デジタル払いのメリット
給与デジタル払いには、企業側・従業員側双方に以下のようなメリットがあります。
<企業側のメリット>
・多様な人材の採用・確保ができる
<従業員側のメリット>
・現金チャージの必要がなくなる
・デジタル払いの給与残高が補償される
・お金の管理がしやすくなる
各メリットの詳細については、コラム「給与を電子マネーで支払うデジタル払いのメリットや注意点とは? 」を参照ください。
おわりに
給与デジタル払いは、雇用する人材の多様化や従業員の利便性などを考慮すれば、今後、利用価値の高い支払方法となることは間違いありません。ただし、導入には事前準備が必要となるため、今回ご紹介したロードマップを参考に順を追って進めていきましょう。
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