2022年4月1日に年金制度改正法が施行されます。今回の改正では、被用者保険の適用範囲拡大や、在職中の年金受給の在り方など、多くの制度が見直されています。
必ずしも全ての企業が対象ではありませんが、担当者としては改正内容を把握し、対象となる場合は適宜準備を進める必要があります。
そこで今回は、年金制度の改正内容と、施行までに準備しておきたいポイントについて解説します。
目次
年金制度改正法とは?改正の目的と概要
年金は、あらかじめ保険料を納めることで、必要なときに給付を受けることができる社会保険の1つです。日本の公的年金制度は、老後や事故、世帯の働き手が亡くなった際など、自立した生活が困難になるリスクに備えるため、「社会全体で支えよう」という考えのもとに作られています。
この年金制度が2020年5月に改正され、2022年4月1日から段階的に順次施行されることになっています。
今回の改正の目的は、働き方の多様化が推進される中、より多くの人が長期的に働きやすい社会を創ることにあります。今や少子高齢化は深刻化がますます進み、労働人口の減少に歯止めがかかりません。そのため、多くの人がこれまで以上に長い期間・多様な形で働くことが見込まれます。こうした社会・経済の変化を反映し、高齢期の経済基盤の充実を図るため、年金制度の対象を拡大し年金受給額の確保・充実化が行われることになりました。
改正される内容は、主に次の4点となっています。
- 被用者保険における適用範囲の拡大
- 在職中における年金受給の仕組みの見直し
- 受給開始時期における選択肢の拡大。
- 確定拠出年金における加入可能要件の見直し
これらが施行されると、アルバイト、パートなどの短時間労働者やシニア層などの働き方に影響するため、人事労務担当者は改正内容への理解を深めるとともに、対象となる従業員の理解促進に務める必要があります。
年金制度改正法で押さえておきたい変更点と施行時期
1.被用者保険の適用範囲拡大
今回の改正でもっとも影響の大きい内容が、年金制度の適用対象の拡大です。
現在は、アルバイトやパートなどの短期間労働者に対し、厚生年金保険・健康保険の加入が義務づけられているのは、「従業員501人以上規模」の企業となっています。これが、2022年10月には「従業員101人以上規模」、2024年10月には「従業員51人以上規模」の企業と、段階的に適用範囲が拡大されます。
なお、短期労働者の加入要件については、現行の要件に含まれる「雇用期間が1年以上見込まれること」について、実務上の取り扱いの現状も踏まえて今後は撤廃され、2022年10月以降はフルタイムの被保険者と同じく2ヵ月超の要件が適用されます。
<短時間労働者の厚生年金保険・健康保険加入要件>
また、5人以上の個人事業所が強制的に対象となる適用業種に、弁護士や税理士などの士業も追加されることになりました。
2.在職中における年金受給の仕組みの見直し
今回の改正では、在職老齢年金制度※のうち60~64歳を対象とする在職老齢年金制度(低在老)が見直されます。
※在職老齢年金制度:賃金と年金の合計額が一定額以上になる60歳以上の老齢厚生年金受給者を対象として、全部または一部の年金支給を停止する制度
現在、在職老齢年金制度(低在老)は、賃金と年金受給額の合計額が「月額28万円」を超えると超過分の年金支給が停止されることになっていますが、2022年4月以降は「月額47万円」に緩和されます。
なお、65歳以上を対象とした在職老齢年金制度(高在老)については、現行基準がすでに47万円に設定されているため、変更はありません。
また、この改正と合わせて2022年4月1日から「在職定時改定」が新設されます。
これまでは、退職等により厚生年金被保険者の資格を喪失するまでは、老齢厚生年金の額は改定されませんでした。
しかし、「在職定時改定」によって、65歳以上かつ在職中の老齢厚生年金受給者を対象に、毎年10月に段階的に年金額を改定し、働きながら年金額を増額することができるようになります。これにより、年金を受給しながら働く在職受給者の経済基盤の充実が図られます。
3.受給開始時期における選択肢の拡大
公的年金の受給開始年齢は原則65歳ですが、現行制度では、希望すれば60歳〜70歳の間で受給開始時期を自由に決めることができます。
今回の改正では、受給開始年齢はそのままに、受給開始時期の繰り上げ上限が70歳から75歳まで引き上げられることになりました。
この改正に伴い、開始時期の繰り下げ・繰り上げによる増減額の割合は次のようになります。
この改正は2022年4月1日から施行され、2022年4月1日以降に70歳になる人が対象となります。
また、同日以降に60歳になる人が繰り上げ受給を受ける場合は、減額率が1月あたり−0.4%になります。
4.確定拠出年金における加入可能要件の見直し
確定拠出年金は、基礎年金や公的年金制度に上乗せして、掛け金と運用収益の合計額を基に将来の年金給付額を増やすことができるもので、企業が掛金を拠出する「企業型DC」と、加入者自身が掛金を拠出する「個人型DC(iDeCo)」があります。
今回の改正では、今後の高齢者の就労拡大を見越して、中小企業を含むより多くの企業や個人が老後の収入を得やすくできるよう見直されます。
変更点は、主に次の4点です。
●確定拠出年金の加入年齢の引き上げ
現行制度では、企業型DCに加入できる年齢は65歳未満、個人型DC(iDeCo)への加入できる年齢は60歳未満となっていますが、2022年5月以降はそれぞれ5歳引き上げられ、企業型DCが70歳未満、個人型DC(iDeCo)は65歳未満になります。
●確定拠出年金の受給開始時期等の選択肢の拡大
現行制度では、受給開始時期を60歳〜70歳の間で自由に決めることができますが、先述した公的年金の受給開始時期の選択肢の拡大にあわせて、2022年4月以降は確定拠出年金の上限年齢も75歳まで引き上げられます。
●中小企業向け制度(簡易型DC、iDeCoプラス)の対象範囲の拡大
「簡易型DC」は、中小企業向けに設立手続を簡素化したもので、少ない事務負担で簡単に企業年金を導入できます。また、「iDeCoプラス」は、企業年金の実施が困難な中小企業の従業員を加入させることで、従業員の掛金に追加して企業が掛け金を拠出できます。
現行の制度では、これらの実施対象企業は「従業員100人以下規模」に限定されていますが、2022年10月以降は「従業員300人以下規模」に拡大されます。
●企業型DC加入者の個人型DC(iDeCo)加入の要件緩和
現行制度では、企業型DC加入者のうち個人型DC(iDeCo)(月額2万円以内)に加入できるのは、労使の合意に基づき、企業側の掛金の上限を月額5.5万円から3.5万円に引き下げた企業の従業員に限定されています。
この要件が2022年10月に緩和され、企業型DCの加入者向けWebサイトに個人型DC(iDeCo)掛金の拠出化の見込額を表示するなど、掛け金の合算管理の仕組みを構築することで、規約の定めや事業主掛け金の上限引き下げがなくても個人型DC(iDeCo)に加入できるようになります。(ただし、全体の拠出限度額から企業側の掛金を控除した残余の範囲内に限ります)
この改正は、2022年10月から施行されます。
新たに適用対象となるなら手続きのデジタル化に向けた準備を!
今回の改正は、2022年4月から順次施行されることになっていますが、企業として注意しておきたいのは、2022年10月に施行される予定の「被用者保険の適用拡大」でしょう。
特に、新たに特定適用事業所となる場合は、該当する従業員の加入手続きを行う必要があります。
新たに被保険者となる短時間労働者の中には、現在配偶者の扶養に入っている人もいるでしょう。しかし、自社が適用拡大の対象となった際には、配偶者の社会保険の扶養から外れる130万円より低い基準であっても、月収8.8万円以上(年収106万円)あれば扶養を外れることになるため、被保険者となる従業員に負担すべき保険料を含めた制度の説明を行う必要があります。
また、「2ヵ月以内の雇用契約の場合は被用者保険の適用外」という要件も変更になるため、2ヵ月以内の雇用契約であっても、実態としてその雇用契約が継続反復される場合には、最初の雇用期間をさかのぼる形で被用者保険の適用対象となえるため、注意が必要です。
新規加入者が多いと、手続き業務の負担も増えます。なるべく早く新たに被保険者となる従業員を特定し、法改正の内容を説明するとともに、資格取得届の準備を進めましょう。
資格取得届の手続き業務を手際よく、かつ効率的に進めるには、電子申請を視野に入れ、デジタル手続きの仕組みを整えておくことがオススメです。例えば、奉行Edge労務管理電子化クラウドのような情報収集からペーパーレスでやり取りできるシステムがあれば、従業員から収集した情報を利用して電子申請まで簡単に行うことができます。
奉行Edge労務管理電子化クラウドなら、従業員に向けた情報提出依頼をメールで送信し、提出内容の確認などは画面上で簡単に行えるようになるなど、社内フローをスムーズにオンライン化することができます。また、年金事務所やハローワークへの電子申請にも対応しているほか、マイナポータル申請APIにも対応しているので健康保険組合への電子申請も可能です。
従業員から受け取った情報は、総務人事奉行クラウドに自動連携して、社員情報を一元管理することができますし、給与奉行クラウド にも連携して社会保険料の算定にも簡単に反映させることが可能です。
さらに今後は、勤怠管理にも注意しなければなりません。
契約上は勤務が20時間以内に収まる短時間労働者が、厚生年金保険に未加入なのに継続的に20時間を超えて残業していると、厚生年金保険・健康保険へ加入させなければなりません。「実態として20時間を超えて残業している」と年金事務所から指摘を受けることのないよう、短時間労働者の労働時間も正確に把握し、管理する仕組みが必要です。
奉行Edge勤怠管理クラウドなら、勤務条件に沿って勤務体系を自由に設定できるうえ、労働時間の集計作業を自動化します。 1ヵ月の中で段階的に時間外労働の警告基準を設定でき自動アラートするため、残業が増えそうな従業員を早期に特定でき、業務の配分を見直すことも可能です。
おわりに
厚生年金保険料は、従業員と企業が折半して支払うことになっているため、今回の改正で厚生年金保険に加入させる従業員が増えるということは、企業の負担額も増えます。
厚生労働省の試算では、企業における追加的な保険料負担は、短時間被保険者1人あたり約24万5,000円/年 (40~65歳の場合は+約15,000円)とされています。また一説には、2024年までに新たに社会保険の適用を受ける人は65万人、企業が負担する保険料は1,590億円増加するとも言われています。
しかし、労働人口の減少を考えると、優秀かつ経験豊富な人材が長く雇用できることは人材確保、生産性向上などの経済効果が期待でき、従業員にとっても将来の年金給付や傷病手当などの保証が手厚くなるなど、大きな影響も考えられます。
今回の改正は、企業側・従業員側の双方において様々な変化をもたらす転機にもなるため、しっかり内容を把握してなるべく早く準備を進めておきましょう。
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