ストレスチェック制度が2015年12月1日に義務化されて以降、本格的に「メンタルヘルスケア」に取り組む企業も増えてきています。しかし一方で、義務感や惰性で行われているケースも少なくないようです。
そもそも、企業は「メンタルヘルスケア」に対してどう取り組むべきなのでしょうか。
今回は、メンタルヘルスケアに精通している「株式会社メディカルトラスト」の本山武志さんに、ストレスチェック制度の成り立ちから組織分析、メンタルヘルスケアに対して企業が持つべき意識についてインタビューしました。
ストレスチェック制度とは・・・
2015年の改正労働安全衛生法により創設された制度で、常時50人以上の従業員を抱える企業に対し義務づけられている、労働者のメンタルヘルス不調を予防するための制度です。
労働者のストレスの程度を把握し、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めることによって、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止すること(一次予防)を目的としています。主な内容には、心理的負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)の実施、およびその結果に基づく産業医等による面接の実施等があります。
なお、規模が50人未満の企業については「努力義務」とされています。
目次
- メンタル不調による社会的損失を防ぐために
- ストレスチェックをきっかけに、適切なメンタルヘルスケアを
- ストレスチェックと組織分析が、メンタルヘルスケアの鍵!
- 産業医や医療保健スタッフ、専門家とチームで取り組むことが重要
- 全ての企業が安心して働ける場になるために、うまく制度を活用してほしい
- 専門家へのインタビューを終えて・・・
メンタル不調による社会的損失を防ぐために
- そもそも、なぜストレスチェック制度が必要だったのでしょうか。
ストレスチェック制度の準備は1995年から始まっていました。そのきっかけは、当時から問題視されるようになった「過労死」や「うつ病による休職・自殺者」の増加にあります。
メンタル面の不調が原因で就労不能状態に陥った方々の経済的損失額は、およそ2兆7千万円というとてつもない額にまで膨らんでいたのです。このまま休職者や自殺者が増え続けると、ますます“社会的損失”は嵩むばかりです。この事態を重く見た政府は、人命、そして社会的な損失を防ぐために、企業それぞれにおいてメンタルヘルス対策を行うように・・・と、啓蒙を開始しました。これが、ストレスチェック制度の始まりです。
厚生労働省は、このストレスチェック制度によって、従業員に対し「自分自身で心身の不調を察知してセルフケアを行ってほしい」と言う期待を、また企業には「明確なストレス値を把握した上でメンタルヘルスケアに取り組んでほしい」という期待を持っています。
しかし、実際のところは「実施や活用方法はよく分からないけれど、法律で定められたので行わなければならない」という義務感で行われているケースが多く見られます。
ストレスチェックをきっかけに、適切なメンタルヘルスケアを
- ストレスチェックは、メンタルヘルスケアとどう関係するのでしょうか。
厚生労働省は、企業に対し、メンタルヘルスケアは「3つの予防」と「4つのケア」の視点で取り組むこと、としています。
「3つの予防」には、一次予防、二次予防、三次予防とあります。ストレスチェックは、特にメンタルヘルス不調の未然防止の段階である「一次予防」を強化するために行われるものです。
「3つの予防」はよく、自動車の整備に例えられます。一次予防は製造を行う時点でのラインや部品の点検、二次予防は定期点検や車検、三次予防は事故や故障してしまった部分の修理、というイメージですね。
企業が従業員にストレスチェックを受けさせる意義は、従業員自身がストレスに気づき、自ら対処する意識を持ってもらうとともに、企業においてもさまざまな改善・予防策を講じるために活用できるところにあります。
ストレスチェックの結果に基づき、組織ごとにストレス値を分析したレポートを見ることで、その組織に存在するストレスによる健康リスクを把握することができます。
ただし、一度のチェックでリスクを把握でき、即解決できるというわけではありません。メンタルヘルスは、1~2年といった短期的に改善できる性質のものではなく、積み重ねて徐々に効果が出てくるものです。当人や周囲が可視化されていなかったストレスに気づき、そのケアを行う体制が整うまでは、やはり一定の時間を要しますから。
過労死、ケガ、そして心身の不調といった問題が万が一起こった時、企業が被る不利益を最小限に抑える。そのためにストレスチェックが担う役割は大きいと考えます。
- ストレスチェックだけをしていても、メンタルヘルスケアになるのでしょうか?
ただし、ストレスチェックをするだけでは「メンタルヘルスケアを行っている」とは言えません。
ストレスチェックは、あくまで従業員にセルフケアに気づいてもらうためですし、企業はそうした従業員を支援するとともに、組織分析を行って長期的な職場環境改善に取り組む、この仕組みがメンタルヘルスケアには大事ですから。
環境改善は、厚生労働省が掲げる「4つのケア」にもあるように、上長や管理者が部下の様子を見計らって声かけをする「ラインによるケア」も必要になります。それに、産業医や産業保健スタッフといった専門家が実施する「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、医療機関またはカウンセラーなど「事業場外資源によるケア」があり、それらと「セルフケア」とを連携させてメンタルヘルスケアに取り組むことが求められているのです。
ストレスチェックと組織分析が、メンタルヘルスケアの鍵!
- ストレスチェックだけで終わっている企業や、「メンタルヘルスケアにうまくつなげられない」という企業も多いのではないですか?
そもそも、心身の不調を引き起こす環境を改善しようと取り組んでも、一朝一夕にはいきません。ストレスチェックは、従業員に対してセルフケアへの関心を喚起させる一方で、企業にとってのストレスリスク要因を見つける有効なツールです。ストレスチェックの結果を部署・グループ等に集約して分析し、支援体制を整えた上で、運用して初めて「メンタルヘルスケアにつなげることができる」と言えるのです。
我々に寄せられた「ストレスチェック結果の活用方法がわからない」というご相談には、「組織分析レポートは活用されていますか?」と確認しますが、うまく活用されていないケースが見受けられます。
そうしたお悩みをお持ちであれば、まずは組織分析レポートを開いてもらって、部署ごとの結果を第三者的視点で眺めてみていただくのが一番ですね。その際、ストレス度の低い部署のよかった点や内容について検証し、その部分を他の部署やグループに伝搬させて「強み」を活かす、いわゆる「いいところ探し」から始めてもらうと効果的です。短所の改善も大切ですが、長所を活かして伸ばす意識で見ると、細かい、着手しやすいところから職場環境改善を行っていけるはずです。
厚生労働省のホームページで公開されている「ストレスチェック実施プログラム」は無料で利用できますが、実施事務従事者や受検者の負担を軽減するために、よりきめ細やかなサービスを提供するシステムもありますので、企業の事情に合わせて選択するのが良いと考えます。
- ストレスチェックを「実施しない」という選択肢はあるのですか?
常時50名以上在籍する事業場ではストレスチェックの実施は義務づけられていますので、違反した場合は最大で50万円以下の罰金が科せられます。
ただし、ストレスチェックに基づいた組織分析については、報告書に実施チェック欄が設けられているものの、現状では“努力義務”となっています。
しかしながら、組織分析レポートを見ればその集団のストレスに関する健康リスクが分かりますので、大いに活用していただきたいところです。
組織分析は、組織単位で手厚い支援ができるような仕組みづくり、調整・改善の検討材料となります。「仕事量がキャパオーバーになっていたのに上長のサポートがなかった」ともなれば、安全配慮義務違反を指摘される事態にもなりかねません。
その点から見ても、ゆくゆくは組織分析も義務化されていくのではないかと考えています。
産業医や医療保健スタッフ、専門家とチームで取り組むことが重要
- 企業は、どのように“メンタルヘルスケア”に取り組むとよいのでしょうか。
ストレスチェックをきっかけに各企業がメンタルヘルスケアに取り組んでほしい、という思いから「ストレスチェック制度」がスタートしたわけですが、現状ではまだ浸透しきっているとは言えません。面接希望が出てから「面接はどういう立場の人が行うべきですか」という質問や、「休職診断書を持ってきて、来月から休むと言う従業員がいますが、どうしたらいいですか」などといった問い合わせもあります。先手を打っておければよいのですが、どうしても対策が後手に回ってしまいがちなのが現実でしょう。
ストレスチェックは、あくまでメンタルヘルスケアの“入り口”です。「ストレスチェックをやっておけば良い」「組織分析レポートを入手できれば良い」とならないように、産業医や産業保健スタッフを中心に周囲を巻き込んだ「チーム産業保健」として運用することが大事です。
チームや仕組みができていないと、ストレスチェック、面接、組織分析といった実施項目が単発の“点”でしか運用されません。メンタルヘルスケアは、それぞれの実施項目を“線”でつなぎ、それらを“面”として運用することで初めて意義が生まれます。
もちろん、「チーム産業保健」の活動を全社的に周知させ、いざという時に企業、従業員両方が活用できる仕組みにしていくことが大切ですね。
- 産業医や産業保健スタッフ、専門家との取り組みはどうあるべきでしょうか。
産業医を選任するにあたり、専門職種が主体となる場合や、危険物等を取り扱う事業場である等、その企業独自の事情を勘案することが求められます。
その企業の特性に精通した産業医が中心となってチーム産業保健をつくり、社内に「産業保健について考えよう」「メンタルヘルスケアについて知ろう」という機運を高めることができれば、専門家と連携することの重要性もより意識され、改善スピードにも拍車がかかるのではないでしょうか。
全ての企業が安心して働ける場になるために、うまく制度を活用してほしい
- 現在「50名未満の企業」は努力義務とされていますが、どう対応したらいいのでしょうか?
努力義務とされる企業にも、ぜひ積極的に取り組んでいただきたいですね。
過労死や休職者を生み出す要因や環境は、従業員が2名の企業であっても1,000名規模の企業でも大差はありません。メンタル不調者の出現は、その企業規模に起因するものではありません。しっかりと職場環境改善ができているかどうかによって左右されるものなのです。
ストレスチェック制度は、まだまだ「義務」という言葉が先行しているため、「予算がない」「対象外だから」と思われるかもしれません。しかし、一般的に規模が小さい企業のほうが浸透の面でも小回りがききやすいので、団結して自社をよくしていこうという機運を高めていってほしいですね。
運用に当たっては、産業保健関係の助成金がありますので、こうした力も借りて取り組んでいただけたらと思います。
専門家へのインタビューを終えて・・・
本山さんは最後に、「企業規模にかかわらず、少しでも多くの“働く環境”が改善され、働く方々のメンタルヘルスが向上するように、企業にはうまく制度を活用しながら安全配慮の行き届いた環境づくり・職場づくりを実現していただきたい」と語られました。
働く環境がよくなれば、個々人の生産性も上がり、業績アップにもつながります。ストレスチェック制度を「義務」として捉えるのではなく、今後の企業発展に欠かせない取り組みであることを改めて理解し、システムや専門家のサポートなどをうまく活用しながら、より充実したメンタルヘルスケア体制を整えてはいかがでしょうか。
インタビュー:本山武志さん
株式会社メディカルトラスト 産業保健事業部 業務支援チーム・リーダー。
ストレスチェックをはじめとするメンタルヘルスケアのサポート業務に従事。相談センターとして対応するメンバーを率い、利用者からの問い合わせや相談、専門医の紹介など、企業のメンタルヘルスケアを多角的にサポートする。
株式会社メディカルトラスト ホームページ:http://www.medical-tt.co.jp/
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