株式会社BDO人事総合研究所/BDOアドバイザリー株式会社代表取締役高瀬 武夫
前回『ケーススタディで納得!【第三回】どう設計すればいい 同一賃金の基本構造』において、キャリアコース別の賃金構造を構築することによりコースごとの均衡待遇を確保する重要性を説明しました。コースごとの ①職務内容と責任の程度 ②人材活用の仕組 の違いを明確にした上での待遇差は同一労働同一賃金ガイドラインに反するものではありません。また、パート職に対する ①昇給制度 ②手当支給(通勤手当・食事手当) ③賞与制度については具体的な検討が求められることについて説明しました。
「働き方改革推進プロジェクト」において、パート職に対する昇給・手当・賞与の導入により増える人件費管理をどう行ったらよいかの議論が進んでいます。議論のポイントは、①労働分配率死守型:総額人件費管理 ②月例給の脱年功 ③業績連動型賞与 の仕組をいかに構築していくかにあります。
C店長
「前回のプロジェクトでキャリアコース(メンバーシップ型、ジョブ型、エリア限定型)別の賃金構成ごとに賃金テーブルを設計すると聞きましたが、一番気になるのは総額人件費管理です。パート職に対して昇給、手当、賞与支給を行うとなると今まで以上に人件費を厳しく管理しないと目標店舗貢献利益は確保できません。」
人事課長
「まさにそのとおり。全社の目標営業利益を確保するためにも人件費管理は重要なテーマになる。日本スーパーマーケット協会が発表している年次統計調査(平成28年版)によれば、スーパーマーケットの平均労働分配率(人件費/売上総利益)は約44%になっている。我が社の労働分配率は、直近3年間右肩上がりで平均は約47%。業界平均よりも3ポイントも高い。今後パート職への昇給、手当、賞与支給により人件費が増加し労働分配率が悪化すれば、経営的には危険水域に入ってしまう。労働分配率の算定式の分母である売上総利益を増加させる努力は継続的に進めなければいけないが、店舗数の急激な増加によるスケールメリットやPB商品開発等による仕入原価改善もなかなか難しい。分子の人件費をいかにコントロールするかに掛かっているといえる。」
C店長
「人事部長、人件費をコントロールしなければいけないというのはよく理解できる話なのですが、最低賃金は安倍首相の力強いリーダーシップで昨年は全国平均25円上昇しており、パート職の時給は3%以上も上がっています。3月末に発表された「働き方改革実行計画」では最低賃金1,000円を目標としています。2018年の改定でも全国平均25円の引上げが予測されているそうじゃないですか。こうした状況において、さらにパート職に対する昇給・手当・賞与の導入を視野にいれて、人件費をコントロールしろとなると他の人件費を削るしかないと思いますが。」
人事課長
「他の人件費を積極的に削減する方策はとり難いですが、総額人件費をよりコントロールしやすい構造にして厳格に運用することが肝要になると考えています。」
C店長
「具体的にはどういうことですか?」
人事課長
「まず、総額人件費枠はしっかり守る仕組に再構築したいと考えます。
ポイントは、 目標労働分配率 45%の厳守。
(売上総利益×45%で計算した人件費しか使えない)
これまでは、一事業年度の経営結果として労働分配率が決まる要素が強かったと言えます。
このように掛かった人件費を積上げ、稼いだ売上総利益で割り算した結果として労働分配率が算定される、ちょっと乱暴な言い方になりますが「人件費積上げによる結果算定型」といえます。これを目標労働分配率45%から算定した総額人件費を割り振る「人件費割り振りによる目標分配率死守型」に変更したいと考えています。」
C店長
「現状の労働分配率を約2ポイント改善して目標分配率を45%に設定することは分かります。その「目標分配率死守型」というのが分からないのですが。」
人事課長
「そうですよね。資料を配布して図を見ながら説明します。
まず、①総額人件費を確定させます。来期目標は、売上100億、売上高総利益率25%、労働分配率45%ですので、
となります。この年間11億2,500万円を超えて人件費は使えない仕組になります。固定性の高い順序は、②月例給×12ヵ月、③パート人件費、④残業手当、⑤福利厚生費、⑥採用教育費、⑦賞与となります。総額人件費枠の11億2,500万円を超える訳にはいきませんので、⑦賞与は残った人件費となります。算式で示せばこのようになります。
つまり、(②+③+④+⑤+⑥)で11億2,500万円を使い切ってしまえば賞与原資はゼロになります。また、売上目標、売上総利益率は変動すると考えられます。しかし、労働分配率の45%は死守ですので、当然に総額人件費は、売上目標、売上高総利益率の達成度に応じて上下します。半期ごとの業績結果に応じて使える総額人件費を管理していきます。」
C店長
「目標労働分配率から計算された総額人件費を極端な話、資料②から⑥の人件費で使い切ったら賞与は支給できないということですよね。厳しい仕組ですね。今まで賞与ゼロはなかったですし。」
人事課長
「はい、賞与原資は総額人件費の残額となります。目標売上高、目標売上総利益を確保すれば賞与原資は確保できます。しかしながら、ご理解戴いたとおり、例えば労働生産性が上がらず想定以上に残業時間が増え残業手当が増加すればその分賞与原資は減る構造となります。逆も言えて、労働生産性が高まり想定した残業手当が減ればその分賞与原資が増える構造となります。」
C店長
「なるほど。それってこういうことですよね。分かりやすく言うと、労働生産性の低い社員が残業して残業手当を稼ぐとその分生産性の高い社員が本来賞与でもらうべき原資が減るということですよね。」
人事課長
「C店長の言われることは人事でも問題意識をもっています。現在、①評価基準に生産性基準を明確に入れ込むこと ②年功的に右肩上がりに上がる賃金構造の改定を行うこと そして何よりも ③賞与の仕組をパフォーマンスに応じて支給するポイント方式に変更しようと考えています。」
C店長
「そのポイント式賞与の仕組ってどんな仕組ですか?」
人事課長
「簡単に言いますと、賞与原資を社員各人のパフォーマンス評価に応じて分配する方式です。これも資料を配ります。
半期ごとの業績連動型賞与制度です。
半期ごとに稼いだ付加価値(売上総利益)に目標労働分配率の45%を乗じます。先程も説明したとおり、目標労働分配率の45%は死守で基本的には固定です。よって、売上高や売上高総利益率が変動すれば総額人件費枠が変動し、その結果として賞与原資も変動します。使える原資がなければ賞与を支給することができない総額人件費管理の仕組です。売上高や売上高総利益率が目標を上回る、あるいは労働生産性の向上などにより固定人件費が下がれば賞与原資が増える、逆に業績が目標を下回れば賞与原資が減る業績連動です。
そして算出された賞与原資を全社員の獲得ポイントで按分しますので、1円も超えることなく、余すこともなく配分することが可能となります。また、月例給との連動性(月例給×〇ヶ月)を断ち切るため、かなり年功色を排除することも可能になります。さらに、柔軟にポイントを設計することができますので、下位等級のハイパフォーマーの賞与が上位等級のローパフォーマーの賞与を上回る、いわゆる逆転現象も仕組として設計することが可能になります。等級間の格差、評価格差も合理的につけやすい設計自由度の高い仕組といえます。説明資料の中にあるポイント表もそういった設計意図をもって設計しています。」
C店長
「目標分配率死守型で総額人件費を管理する。一番影響を受けるのが賞与。これまでのように会社業績が厳しくても年間約2ヶ月は支給されていた仕組ではなく、業績連動型になり保障的な構造ではなくなる。賞与原資は半期ごとの総額人件費枠の残額となり、その原資を社員一人ひとりの半期パフォーマンス評価によるポイントにより按分して賞与額を算定する。今まで以上に個人別のパフォーマンスの高低により公正に差をつける仕組にする。
という理解でいいですか、人事課長。」
人事課長
「のみ込みが早いですね。予算どおりの業績を確保できれば、今までの言い方を使えば年間4ヶ月相当の原資は確保できる予算組みになっていますので安心して下さい。皆さんが頑張って予算以上に業績を上げてもらえれば、さらに賞与原資を増やせますし逆に減りもします。また、ご理解戴いたように賞与原資は総額人件費の残額ですので基本構造として変動します。他の人件費で予算以上に使ってしまえば、その分賞与原資は減ります。他の人件費で構造的に右肩上がりの構造をもっているのが月例給です。しかも月例給は総額人件費の60%以上を占め、毎年平均2%強増加しています。金額にすると約2000万円増加です。毎年2%強で5年経過すれば、約10%月例給が増えます。この右肩上がりの構造にメスを入れないと売上総利益でカバーしきれない限り、賞与は構造的に減ります。月例給構造の見直しを進めていきたいと考えています。」
C店長
「ベースアップはもとより、定昇もなくすということですか?」
人事課長
「ベースアップは基本的に物価スライドで考えますので、現状の経済実態からすれば必要ないと考えます。定昇についてですが、現状の職能給は評価に応じて昇給号俸が確定し確実に積み上がり、下がりません。しかも、青天井で昇級管理(等級が上がる)も甘いため賃金が上がります。その結果として毎年全社で2%強、職能給が増加しています。この構造を変えるために、①上限規制ルールの新設 ②洗い替え方式の導入を検討したいと考えています。」
C店長
「その ①上限規制ルール ②洗い替え方式 というのは具体的にはどういう仕組ですか?」
人事課長
「これも資料を配ってから説明しましょう。」
人事課長
「まず、賃金の基本構造を簡単に説明します。説明資料の(1)基本構造に記載したとおり月例給の基本構成を4つに分けました。それぞれの特徴は次のとおりです。
(1)ベース給
キャリアコース別に設計されキャリアコースの変更がない限り金額の変更はありません。金額の大きさは、メンバーシップ型>ジョブ型>エリア型に設計します。
(2)役割給
管理職に適用する賃金で評価により洗い替える点が一番の特徴です。パフォーマンスが上がれば高くなり、パフォーマンスが下がれば低くなる変動構造です。我が社の賃金構造で上がり下がりする賃金構造の導入は初めてとなります。
(3)パフォーマンス給
ジョブ型のプロフェッショナル職に適用する賃金で、これも役割給と同じく洗い替え方式です。
(4)職能給
なんと言っても等級ごとに上限規制ルールを新設することにあります。
では、ご質問の ①上限規制ルール ②洗い替え方式について説明します。
①上限規制ルールについて。
先程説明しましたように、現状の職能給は同じ等級に滞留し続けても毎年必ず昇給します。同じ等級に滞留し、パフォーマンスが向上していないにもかかわらずです。その結果、毎年2%強の人件費が増えています。この構造を変えるために、同じ等級に滞留し続けている場合には上限規制を行い、それ以上は昇給させないルールを新設します。図にすると説明資料の(2)職能給:上限規制ルールの新設のとおりです。
上限規制ルールの考え方としては、標準滞留年数の1.5倍の年数を超えて滞留している場合には、まず昇給額を圧縮した「規制額賃金テーブル」を適用し、等級別に設定した上限規制額に達したらそれ以上昇給させない仕組を考えています。具体的な設計にあたっては、現状実態をよく分析して経過措置等も検討していきたいと考えます。また、昇級基準もより明確にした上で昇級管理を厳格に運用します。情実人事で昇級させてしまえば上限規制ルールが形骸化してしまいます。
②洗い替え方式について。
先程、役割給の特徴で説明したとおり評価に応じて賃金が上がり下がりする仕組です。説明資料の(3)役割給:洗い替え方式の導入を見て下さい。
課長職を例に説明します。
評価間(S・A・B・C・D)の基本ピッチは20,000円、B評価:230,000円で設計してあります。
例えば、
甲課長は、現在B評価:230,000円で今年A評価をとれば250,000円となり20,000円の昇給、C評価であれば210,000円となり20,000円の降給、同じB評価であれば変わらず230,000円となります。このように評価に応じて賃金が上がり下がりする仕組が洗い替え方式です。
洗い替え方式の賃金テーブルは、理論的には人件費をコントロールしやすい仕組といえます。例えば、課長職が10人いたとします。その10人の評価に伴う洗い替え方式の役割給の動きは次のようになります。
このように評価が公正に行われ、上記のような正規分布に近づけば洗い替え方式の賃金構造においては、徒なる賃金上昇を防ぐことができます。あくまで理屈上ですが。
むやみやたらに人件費削減策に走る考えはありません。限られた人件費をフェアに分配できる仕組にしていきたいと考えています。安倍首相は、「我が国から非正規社員という言葉を一掃する」と宣言したあとは、「脱年功・脱時間給」を唱え「労働生産性」に基づく評価を志向しています。」
C店長
「いやぁ、誰もが右肩上がりに賃金が上がっていくことはない、フェアと言えばそのとおりと思いますが、厳しい仕組ですね。ポイント式賞与、職能給の上限規制、役割給の洗い替え方式いずれもそれを支える評価制度が肝になりますよね。評価が適正に実施されなければ、これらの仕組の納得性は決して得られないと思います。評価制度の見直しは必須、というよりも賃金制度を機能させる大前提ですね。」
人事課長
「まさに、まさにそのとおりです。経営目標の達成に貢献した社員のパフォーマンスを公正に評価し、処遇と人材育成につなげる一貫した仕組づくりが求められています。社員の成長を支援・促進する、成長して労働生産性が高まった社員に報いる、この一連の仕組を支えるのが評価制度と言えます。」
次回は、人事制度を支える評価制度について『ケーススタディで納得!【第五回】どう再構築する同一労働同一賃金を支える評価制度』と題して「働き方改革推進プロジェクト」における検討ポイントを解説します。検討ポイントは、経営目標達成のための「やるべき仕事・役割」をキャリアコース別に設計し、その達成度合を公正に評価できる仕組をいかに構築するかです。
人事課長が「キャリア別:仕事役割等級制度」による評価制度および目標管理制度の導入を提案してきます。
高瀬 武夫 株式会社BDO人事総合研究所 /BDOアドバイザリー株式会社 代表取締役
上場・中堅企業を中心に、企業の成長を裏付ける「人と組織」を活性化させるマネジメントシステム構築に従事。経営目標達成のための「仕事」を基軸に据えた評価制度、賃金制度、人材育成制度の再構築により労働生産性向上支援を行う。
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