株式会社BDO人事総合研究所/BDOアドバイザリー株式会社代表取締役高瀬 武夫
前回『ケーススタディで納得!【第二回】どう確保する同一労働同一賃金のための働き方の多様性』において、多様な働き方を確保したキャリアコース別の人材活用の導入について説明しました。キャリアコース別の ①職務内容と責任の程度、②人材活用の仕組の違い、を明確にすること、および③コース別の処遇制度を再構築すること、がポイントとなります。
「働き方改革推進プロジェクト」においてキャリアコース別の処遇構造の再構築についての議論が進んでいます。議論のポイントは、キャリアコース別の賃金構造の再構築、パート職に対する賞与・昇給についてどう対応するかです。
「前回のプロジェクトで人事課長が説明した「多様な働き方:体系図」(『ケーススタディで納得!【第二回】どう確保する同一労働同一賃金のための働き方の多様性』)に示されたキャリアコース(メンバーシップ型・ジョブ型・エリア限定型)ごとに処遇ルールを再構築することの重要性は理解したつもりですが、昨年末公表された「同一労働同一賃金ガイドライン案」に照らした際の注意ポイントは何ですか?」
人事課長
「働き方改革実現会議から公表されたガイドラインでは、その目的を
正規か非正規かという雇用形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保し、正規社員と非正規社員の間の不合理な待遇差の解消を目指す
とした上で、まずは、
各企業において職務や能力等の明確化とその職務や能力等と賃金等の待遇との関係を含めた処遇全体を労使の話し合いによって確認することが肝要である
としています。こうした点を踏まえて制度設計を行うことが重要であることから、前回のプロジェクトでキャリアコース別の制度設計を提案したところです。」
人事課長
「ガイドラインにおいてキャリアコース別の設計を明示している訳ではありませんが、ガイドラインの中に「問題とならない例」として次の記述があります。
<問題とならない例>
B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として新卒採用後の数年間、店舗等において職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなくYに比べ高額の基本給を支給している。
この例示は、①職務内容と責任の程度、②人材活用の仕組、が異なる場合における待遇差は問題にならないとしています。
また、昨年9月に設置されました「働き方改革実現会議」(議長:安倍内閣総理大臣)の有識者メンバーである株式会社イトーヨーカ堂 執行役員 人事部長は会議においてイトーヨーカ堂の仕組を次の資料で説明しています。働き方改革実現会議の有識者メンバーである企業の事例であり参考になります。簡単にポイントを整理した表とヨーカ堂さんの参考資料を配布します。
C店長「ヨーカ堂さんの事例は同業種でもあり分かりやすいですね。我が社もキャリアコース別に賃金体系を再構築するということですね。」
人事部長
「部長会においてもキャリアコース別の人事管理制度については大筋合意されている。コース転換制度、60歳定年後の再雇用者のキャリアコース、パート職の昇給・賞与・諸手当の仕組についてプロジェクトで具体的に検討して欲しいとのリクエストだ。育児・介護などに対応したワーク・ライフ・バランス、優秀人材の離職防止など人材育成と定着化を十分に意識して議論を深めて欲しいとのことだ。」
人事課長
「同一労働同一賃金ガイドラインでは、(1)基本給、(2)賞与、(3)諸手当、に区分して説明しています。
(1)基本給については、その構成種別として①能力給、②成果・業績給、③勤続給、を挙げて説明しています。それぞれの種別において正規・非正規の雇用形態の違いにかかわらず、同一の能力、同一の成果・業績、同一の勤続であれば同一の支給(均等待遇)を求め、一定の違いがある場合においてはその相違に応じた支給(均衡処遇)をしなければならないと記述しています。
我が社は「職能給」を採っていますので同じ職務遂行能力であれば、総合職・エリア職・パート職の区分にかかわらず同じ職能給という理屈になります。現状、総合職・エリア職については等級別の「職能要件書」を整備していますが、総合職とエリア職に期待する職務内容の違いが曖昧であったり、職務上の責任の所在が明示されていないなどその相違を明確にすることが難しい状態です。パート職については、そもそも「職能要件書」そのものがありません。総合職・エリア職に期待する仕事・役割を明示した「職能要件書」の見直しおよびパート職の「職能要件書」の整備が求められます。さらに、ガイドラインでは「昇給」について次のように記述しています。
昇給について、勤続による職業能力の向上に応じて行おうとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同様に勤続により職業能力が向上した有期雇用労働者又はパートタイム労働者に勤続による職業能力の向上に応じた部分につき同一の昇給を行わなければならない。また、勤続による職業能力の向上に一定の違いがある場合においては、その相違に応じた昇給をしなければならない。
つまり、パート職についても勤続により職務遂行能力が向上していれば昇給させる仕組が求められます。我が社のパート職にも昇給制度の構築が必要と考えられます。
(2)賞与についても、パート職について対応が必要になると考えています。賞与についてガイドラインに次の記述があります。
賞与について、会社の業績等の貢献に応じて支給しようとする場合、無期雇用フルタイム労働者と同一の貢献がある有期雇用労働者又はパートタイム労働者には、貢献に応じた部分につき同一の支給をしなければならない。また、貢献に一定の違いがある場合においては、その違いに応じた支給をしなければならない。
さらに、「問題となる例」として次の記述があります。
<問題となる例>
賞与について、D社においては無期雇用フルタイム労働者には職務内容や貢献等にかかわらず全員に支給しているが、有期雇用労働者又はパートタイム労働者には支給していない。
現状、我が社はパート職に賞与を支給していませんが、パート職の方々の働きが会社の業績等に貢献していないので賞与を支給しないとするのは無理があります。パート職の貢献に応じた賞与制度を構築する必要があると考えられます。
(3)諸手当についてガイドラインでは、①役職手当、②特殊作業手当、③特殊勤務手当、④精・皆勤手当、⑤時間外労働手当、⑥深夜・休日労働手当、⑦通勤手当、⑧食事手当、⑨単身赴任手当、⑩地域手当、を挙げ、基本的に非正規社員に対しても同一の支給を求めています。我が社においては、⑦通勤手当と⑧食事手当を正規社員に支給しています。しかし、パート職には支給していませんのでこの2つの手当についての改善が求められると考えられます。」
C店長
「人事課長の説明からすると、これからパート職に対し昇給・賞与・諸手当の仕組を導入しなければならないということですよね。パート職の人件費が相当上がりそうです。店舗でこの人件費増加分をカバーする売上を伸ばすのはかなりハードルが高いですよ!」
人事部長
「経営としてもパート職に昇給・賞与・諸手当を導入したからといって労働分配率(総額人件費/売上総利益)が高くなって良いとはいかない。総額人件費をコントロールしながら売上総利益をどう高めていくか、一人当たりの生産性をどう高めていくかという課題に今まで以上に知恵を出さなければいけない。人件費の切り口からすれば、①残業時間の削減に伴う残業手当の削減、②賞与の業績連動性の強化(業績に応じて賞与ゼロもあり)、③一人当たり生産性向上に伴う要員管理の徹底(10人にやっていた仕事を8人でできるように)、の3つが大きなテーマになる。」
人事課長
「パート職に昇給・賞与・諸手当を導入した際の人件費インパクトがどれくらいになるかの数値シミュレーションについては今後行っていきます。まず、ガイドラインを踏まえて検討した賃金構造案について説明します。基本構造はキャリアコース別の①職務内容と責任の程度、②人材活用の仕組の違い、による均衡待遇とします。具体的には、基準内賃金を次の5つに区分します。
上記の賃金構造を絵にすると次のようになります。
以上、説明した賃金基本構造をもとにそれぞれの賃金テーブルの設計を進めていきたいと考えます。
なお、いわゆる定昇は職務遂行能力の習熟度に応じて行う、つまり職能給のみ昇給がある構造とします。また、通勤手当および食事手当については現在社員に支給しているものを不支給とすることは困難であると考えられるため、同じルールでパート職にも支給せざるを得ないと判断しています。」
C店長は、パート職に対して昇給も、手当も、ボーナスもある仕組による総額人件費をどうコントロールしていったらよいのか、人件費増をカバーする売上をどう確保したら良いかを考えると頭がクラクラしてきた。
次回は、『ケーススタディで納得!【第四回】どう管理する 同一賃金における総額人件費管理』と題して「働き方改革推進プロジェクト」における検討ポイントを解説します。検討ポイントは、パート職に対する昇給、手当支給、賞与支給による人件費の増加が見込まれる中で総額人件費をどう管理するかです。人事課長が、目標労働分配率死守型の総額人件費管理の仕組を提案してきます。
高瀬 武夫 株式会社BDO人事総合研究所 /BDOアドバイザリー株式会社 代表取締役
上場・中堅企業を中心に、企業の成長を裏付ける「人と組織」を活性化させるマネジメントシステム構築に従事。経営目標達成のための「仕事」を基軸に据えた評価制度、賃金制度、人材育成制度の再構築により労働生産性向上支援を行う。
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